格言聯璧 / 接物類・事毎に肯へて虧を吃する者
我不識何等為君子?但看每事肯吃虧的,便是。 我不識何等為小人,但看每事好便宜的,便是。 律身惟廉為宜,處世以退為尚。 以仁義存心,以勤儉作家,以忍讓接物。
新字:我不識何等為君子?但看毎事肯吃虧的,便是。 我不識何等為小人,但看毎事好便宜的,便是。 律身惟廉為宜,処世以退為尚。 以仁義存心,以勤倹作家,以忍譲接物。
書き下し
我何等をか君子と爲すを識らず。但だ事毎に肯へて虧を吃する的を看よ、便ち是なり。 我何等をか小人と爲すを識らず。但だ事毎に便宜を好む的を看よ、便ち是なり。 身を律するには惟だ廉を宜しと爲し、世に處するには退くを以て尚しと爲す。 仁義を以て心に存し、勤儉を以て家を作し、忍讓を以て物に接す。
現代語訳
私にはどんな人が君子なのかよく分かりません。ただ、何事にも進んで損を引き受ける人を見れば、それが君子です。 私にはどんな人が小人なのかよく分かりません。ただ、何事にも得をしたがる人を見れば、それが小人です。 自分を律するには清廉であることがいちばんよく、世を渡るには退くことを尊びます。 仁義を心に保ち、勤勉と倹約で家を営み、忍耐と譲り合いで人に接します。
解説
君子と小人の見分け方を、損を引き受けるか、得を好むかという、ごく身近な物差しで示した則です。吃虧は損をすること、便宜は得をすることで、どちらも当時の話し言葉です。難しい理屈を並べず、日々の小さな場面での選び方に人柄が表れると言い切るところに、この書らしい実用性があります。清の鄭板橋の「吃虧是福」という言葉もよく知られ、損を引き受けることを福とする考え方は広く共有されていました。後半は、身には廉、世には退、心には仁義、家には勤倹、人には忍譲と、生き方の要点をまとめます。職場で面倒な仕事や損な役回りが回ってきたとき、それを誰が引き受けているかを見れば、人柄はおのずと見えてくるものです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
君子小人忍譲清廉勤倹
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