格言聯璧 / 接物類・是非の窩裏に我は耳を用ゐる
人之謗我也,與其能辯,不如能容。 人之侮我也,與其能防,不如能化。 是非窩裏,人用口,我用耳。 熱鬧場中,人向前,我落後。 觀世間極惡事,則一咎一慝,盡可優容。
新字:人之謗我也,与其能弁,不如能容。 人之侮我也,与其能防,不如能化。 是非窩裏,人用口,我用耳。 熱鬧場中,人向前,我落後。 観世間極悪事,則一咎一慝,尽可優容。
書き下し
人の我を謗るや、其の能く辯ぜんよりは、能く容るるに如かず。 人の我を侮るや、其の能く防がんよりは、能く化するに如かず。 是非の窩の裏、人は口を用ゐ、我は耳を用ゐる。 熱鬧の場の中、人は前に向ひ、我は後に落つ。 世間の極惡の事を觀れば、則ち一咎一慝は、盡く優容すべし。
現代語訳
人が自分を謗るときは、うまく弁解するよりも、受け入れるほうがよいのです。 人が自分を侮るときは、うまく防ぐよりも、相手を感化するほうがよいのです。 是非を言い合う巣窟の中では、人は口を使い、自分は耳を使います。 にぎやかな場の中では、人は前へ出て、自分は後ろに下がります。 世の中の極悪の事を見れば、一つの過ちや一つの悪事は、みな寛大に許すことができます。
解説
前の単位の「謗りを息むるは辯ずる無し」を受けて、謗りには容れること、侮りには化することで応じよと説きます。弁解や防御は相手と同じ土俵に立つことですが、容れることと化することは、土俵そのものを変えてしまいます。続く対句は、噂の飛び交う場では口より耳を、にぎやかな場では前より後ろをと、身の置き方を具体的に示します。熱鬧はにぎやかで騒がしいことです。最後の句から次の単位にかけて、世の極悪や古来の冤罪を思えば、身近な小さな過ちや一時の辱めは許せると、視野を広げて心を鎮める方法を示します。自分への小さな非難に心を乱されたとき、もっと大きな物差しを持ち出してみるのは、心の平穏を保つよい工夫です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
寛容謙虚接物慎言感化
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