格言聯璧 / 處事類・此に至りて小人と爲らざるは眞の君子
於虛文熠熠者,於本實必薄。 君子當事,則小人皆為君子。 至此不為君子,真小人也。 小人當事,則中人皆為小人,至此不為小人,真君子也。
新字:於虚文熠熠者,於本実必薄。 君子当事,則小人皆為君子。 至此不為君子,真小人也。 小人当事,則中人皆為小人,至此不為小人,真君子也。
書き下し
虛文に熠熠たる者は、本實に必ず薄し。 君子事に當れば、則ち小人も皆君子と爲る。 此に至りて君子と爲らざるは、眞の小人なり。 小人事に當れば、則ち中人も皆小人と爲る、此に至りて小人と爲らざるは、眞の君子なり。
現代語訳
うわべの飾りばかり輝かせる人は、根本の中身が必ず薄いものです。 君子が事を執り行えば、小人もみな君子らしくなります。 そうなってもなお君子にならない者こそ、本物の小人です。 小人が事を執り行えば、普通の人もみな小人になります。そうなってもなお小人にならない者こそ、本物の君子です。
解説
前の単位の二つの対に続き、飾りばかり輝かせる者は中身が薄いと三つ目を結びます。後半は、上に立つ人が組織の空気を決めることを説いた鋭い対句です。君子が事を執れば小人でさえ君子らしくふるまい、そこでなお君子にならない者こそ本物の小人だといいます。反対に小人が事を執れば普通の人まで小人になり、そこでなお小人にならない者こそ本物の君子だというのです。中人は、善にも悪にもなりうる普通の人のことです。上に立つ人の姿勢が大勢を左右するので、その責任は重く、同時に悪い空気の中でも流されない人の価値が浮かび上がります。周りに流されそうなとき、自分がどちらに立つかを問う言葉です。
この章句が説くこと
君子小人統率処事節操
関連する章句
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論語・顔淵篇司馬牛、君子を問う。子曰く、「君子は憂えず懼れず。」曰く、「憂えず懼れざれば、斯れ之を君子と謂うか。」子曰く、「内に省みて疚しからずんば、夫れ何をか憂え何をか懼れん。」
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論語・憲問篇子曰く、君子にして不仁なる者有るかな。未だ小人にして仁なる者有らざるなり。
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論語・学而篇子曰く、「君子は食らうに飽くことを求めず、居るに安きを求めず、事に敏にして言に慎み、有道に就いて正す。学を好むと謂う可きのみ。」
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論語・為政篇子曰く、「君子は器ならず。」
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論語・学而篇子曰く、「君子重からざれば則ち威あらず、学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とすること無かれ、過てば則ち改むるに憚ること勿かれ。」
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荀子・哀公篇哀公曰く、善し。敢えて問う、何如なれば斯ち之を君子と謂うべきか、と。孔子対えて曰く、所謂る君子なる者は、言は忠信にして心に徳とせず、仁義身に在りて色に伐(ほこ)らず、思慮明通にして辞は争わず。故に猶然として将に及ぶべきが如き者は、君子なり、と。