格言聯璧 / 處事類・人に處するには人の情を悉くす
處人不可任己意,要悉人之情。 處事不可任己見,要悉事之理。 見事貴乎明理,處事貴乎心公。 於天理汲汲者,於人欲必淡。 於私事耽耽者,於公務必疏。
新字:処人不可任己意,要悉人之情。 処事不可任己見,要悉事之理。 見事貴乎明理,処事貴乎心公。 於天理汲汲者,於人欲必淡。 於私事耽耽者,於公務必疏。
書き下し
人に處するには己の意に任すべからず、人の情を悉くすを要す。 事に處するには己の見に任すべからず、事の理を悉くすを要す。 事を見るは理を明らかにするを貴び、事に處するは心の公なるを貴ぶ。 天理に汲汲たる者は、人欲に必ず淡し。 私事に耽耽たる者は、公務に必ず疏し。
現代語訳
人に接するときは、自分の思いのままにしてはならず、相手の気持ちをよく知ることが大切です。 事にあたるときは、自分の見方のままにしてはならず、事の道理をよく知ることが大切です。 事を見るには道理を明らかにすることが大切で、事を処するには心が公平であることが大切です。 天の道理を熱心に求める人は、私欲には必ず淡泊です。 私事に夢中になる人は、公務には必ずおろそかになります。
解説
人と事への向き合い方を、情と理の二つで整理した則です。初めの対句は、人に対しては自分の意ではなく相手の情を、事に対しては自分の見ではなく事の理を知り尽くせと言います。三句目は、見るときは理の明らかさ、処するときは心の公平さが大事だとまとめます。続く二句は、心が何に向いているかで他方が薄くなることを示し、次の単位の「虚文に熠熠たる者は本実に必ず薄し」と三つ組になります。汲汲も耽耽も、一つのことに心を奪われて夢中になる様子です。人の気持ちを知ることと、事の道理を知ることは、別々の努力が要ります。自分の思い込みで人や仕事を決めつけていないか、振り返る手がかりになる言葉です。
この章句が説くこと
処事人情道理公平私欲
関連する章句
-
尚書・周官公を以て私を滅すれば、民其れ允に懷かん。
-
論語・先進篇顔淵死す。顔路、子の車を請いて以て之が槨を為らんとす。子曰く、「才も不才も、亦た各々其の子と言うなり。鯉や死せるとき、棺有りて槨無し。吾徒行して以て之が槨を為らず。吾大夫の後に従うを以て、徒行す可からざるなり。」
-
論語・季氏篇陳亢、伯魚に問いて曰く、「子も亦た異聞有りや。」対えて曰く、「未だし。嘗て独り立てり。鯉趨りて庭を過ぐ。曰く、『詩を学びたるか。』対えて曰く、『未だし。』『詩を学ばずんば、以て言うこと無し。』鯉退きて詩を学ぶ。他日、又独り立てり。鯉趨りて庭を過ぐ。曰く、『礼を学びたるか。』対えて曰く、『未だし。』『礼を学ばずんば、以て立つこと無し。』鯉退きて礼を学ぶ。斯の二者を聞けり。」陳亢退きて喜びて曰く、「一を問いて三を得たり。詩を聞き、礼を聞き、又君子の其の子を遠ざくるを聞けり。」
-
老子・第5章天地は不仁、万物を以て芻狗と為す。聖人は不仁、百姓を以て芻狗と為す。天地の間は、其れ猶お橐籥のごときか。虚しくして屈きず、動きて愈々出づ。多言なれば数々窮す、中を守るに如かず。
-
尉繚子・將理凡そ将は理官なり、万物の主なり、一人に私せず。
-
『武士道』第十六章 武士道の命脈・武士道の日は既に数えられたり彼等は公平を欲せず、自家の賛誉を博すべきものと、他宗教の形式の誹毀すべきものとを打算計量するを以て其喜びとす、と。されど個々人々の犯せる過誤の如何に関せず、彼等の信ずる基督教の真髄は、吾人が武士道の将来を観察するに当りて、必ずや考究せざるべからざる一大勢力あり。武士道の日は既に数へられたり。視よ、凶兆天に懸りて其未来を指示す。ただに兆証あるのみならず、又た強大なる諸多の勢力の、之れが威圧転覆に黽むるあり。