格言聯璧 / 處事類・日日行けば千萬里をも怕れず
不自反者,看不出一身病痛。 不耐煩者,做不成一件事業。 日日行,不怕千萬里。 常常做,不怕千萬事。 必有容,德乃大。必有忍,事乃濟。
新字:不自反者,看不出一身病痛。 不耐煩者,做不成一件事業。 日日行,不怕千万里。 常常做,不怕千万事。 必有容,徳乃大。必有忍,事乃済。
書き下し
自ら反みざる者は、一身の病痛を看出さず。 煩に耐へざる者は、一件の事業をも做し成さず。 日日行けば、千萬里をも怕れず。 常常做せば、千萬事をも怕れず。 必ず容るる有りて、德乃ち大なり。必ず忍ぶ有りて、事乃ち濟る。
現代語訳
自分を省みない人は、自分自身の欠点に気づけません。 面倒に耐えられない人は、一つの事業も成し遂げられません。 毎日歩み続ければ、千万里の道も恐れるに足りません。 いつも手を動かしていれば、千万の仕事も恐れるに足りません。 必ず人を受け入れる度量があってこそ、徳は大きくなります。必ず耐え忍ぶ心があってこそ、事は成し遂げられます。
解説
自省・忍耐・継続・度量という、事を成す土台を短い句で並べた則です。初めの対句は、省みなければ自分の欠点が見えず、面倒に耐えなければ何も成らないと、内と外の二面から言います。次の対句は、毎日歩めば千万里も怖くなく、いつもやっていれば千万の事も怖くないと、継続の力を説きます。最後の句は書経君陳篇の、忍ぶことがあってこそ事が成り、容れることがあってこそ徳が大きいという言葉を踏まえたものです。大きな仕事を前に尻込みするとき、今日一歩進むことだけを考えれば、道のりの長さは怖くなくなります。面倒な作業を積み重ねる力こそが、事業を形にするのでしょう。
この章句が説くこと
継続忍耐自省処事度量
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