呻吟語 / 内篇・修身・太和の道に事へて以て自ら廣む
聖人之道,太和而已,故萬物皆育。便是秋冬不害其為太和,況太和又未嘗不在秋冬宇宙間哉!余性褊,無弘度、平心、溫容、巽語,願從事於太和之道以自廣焉。
新字:聖人之道,太和而已,故万物皆育。便是秋冬不害其為太和,況太和又未嘗不在秋冬宇宙間哉!余性褊,無弘度、平心、温容、巽語,願従事於太和之道以自広焉。
書き下し
聖人の道は、太和のみ。故に萬物皆な育す。便ち是れ秋冬も其の太和爲るを害せず。況んや太和又た未だ嘗て秋冬宇宙の間に在らずんばあらざるをや。余は性褊にして、弘度・平心・溫容・巽語無し。願はくは太和の道に事へて以て自ら廣めん。
現代語訳
聖人の道は、大いなる和にほかなりません。だから万物がみな育ちます。秋や冬であっても、それが大いなる和であることを妨げません。まして大いなる和は、秋冬の宇宙のうちにも常にあるのですから。私は性質が狭く、広い度量も、平らな心も、温かい表情も、へりくだった言葉も持っていません。どうか大いなる和の道に仕えて、自分を広げたいと思います。
解説
和というと春のような温かさを思いますが、秋や冬の厳しさもまた和のうちだと言います。優しさだけが調和ではないということです。そして後半は自分の告白で、度量も平心も温容も巽語も無いと四つ並べて自分に欠けていると書く。理想を掲げた直後に自分の不足を並べる書き方が、この書の基調をよく表しています。厳しさもまた和のうちだという見方が、ここにあります。
この章句が説くこと
太和調和四季度量自省
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