格言聯璧 / 敦品類・面前の譽は背後の毀無きに若かず
持己以正,貴有圓通不可拘之權。 使人有面前之譽,不若使人無背後之毀。 使人不乍處之歡,不若使人無久處之厭。 媚若九尾狐,巧如百舌鳥,哀哉羞此七尺之軀!
新字:持己以正,貴有円通不可拘之権。 使人有面前之誉,不若使人無背後之毀。 使人不乍処之歓,不若使人無久処之厭。 媚若九尾狐,巧如百舌鳥,哀哉羞此七尺之躯!
書き下し
己を持するに正を以てするも、圓通にして拘るべからざるの權有るを貴ぶ。 人をして面前の譽有らしむるは、人をして背後の毀無からしむるに若かず。 人をして乍ち處るの歡び有らしむるは、人をして久しく處るの厭無からしむるに若かず。 媚ぶること九尾の狐の若く、巧みなること百舌鳥の如きは、哀しいかな此の七尺の軀を羞づかしむ。
現代語訳
自分を正しく保ちながらも、融通がきいて一つに縛られない臨機の判断を持つことが大切です。 人に面と向かって誉めさせるよりは、陰で悪口を言われないようにするほうがよいのです。 付き合い始めの一時の喜びを人に与えるよりは、長く付き合っても飽きられないようにするほうがよいのです。 九尾の狐のようにこび、百舌鳥のように口先が巧みなのは、なんと哀れなことに、この七尺の体を辱めるものです。
解説
前の単位の「衆に処するに和を以てす」と対になる一句から始まり、正しさを守りつつも融通を失うなと説きます。権はここでは、状況に応じて判断をはかる臨機の知恵です。続く二つの対句は、人から得る評価の質を問います。面前の誉め言葉より陰口のないこと、出会いの一時の歓びより長く付き合って飽きられないことが大事だというのです。底本は三句目の「有」を「不」に作りますが、対の形から「有」と見て読みました。最後の句は、九尾の狐や百舌鳥のように媚びへつらう姿を嘆き、次の単位の残忍さへの嘆きと対になります。その場で好かれるより、長く信頼される人でありたいと思わせる言葉です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
信頼毀誉処世交友円通
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