格言聯璧 / 敦品類・秀才と做りては處子の如くす
小人之事上也,必諂必媚,其待下也,必傲以忽。 立朝不是好舍人,自居家不是好處士。 平素不是好處士,則小時不是好學生。 做秀才如處子,要怕人。
新字:小人之事上也,必諂必媚,其待下也,必傲以忽。 立朝不是好舎人,自居家不是好処士。 平素不是好処士,則小時不是好学生。 做秀才如処子,要怕人。
書き下し
小人の上に事ふるや、必ず諂ひ必ず媚び、其の下を待つや、必ず傲りて以て忽せにす。 朝に立ちて是れ好き舍人ならざるは、家に居りしより是れ好き處士ならざればなり。 平素是れ好き處士ならざるは、則ち小さき時是れ好き學生ならざればなり。 秀才と做りては處子の如く、人を怕るるを要す。
現代語訳
小人が目上に仕えるときは、必ずへつらい必ずこびます。目下に接するときは、必ず傲慢でおろそかです。 朝廷に立ってよい役人になれないのは、家にいたころからよい処士(仕官していない読書人)ではなかったからです。 ふだんよい処士でないのは、幼いころによい学生でなかったからです。 秀才(科挙の最初の段階に受かった者)になったら、嫁入り前の娘のように、人を畏れ慎むことが大切です。
解説
前の単位の君子の態度と対をなし、小人は上にこびて下に傲るという、よく見かける姿を描きます。続く二句は、朝廷での振る舞いは家にいた頃の生き方から、家での生き方は子どもの頃の学び方から来ていると、人柄の根を過去へさかのぼります。舎人はここでは朝廷に仕える官人、処士は仕えずに家で学ぶ読書人のことです。最後の句から次の単位にかけて、秀才は処女、仕官すれば嫁、引退すれば姑というように、人生の段階ごとの心構えを女性の一生になぞらえて語ります。駆け出しのうちは人を畏れ慎めという教えは、新人の心得としても通じます。今日の振る舞いは突然できるものではなく、日々の積み重ねから出ることを思わされます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
君子小人修身学問心得
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