格言聯璧 / 持躬類・此の日閑に過すは二の可惜
此生不學一可惜,此日閑過二可惜,此身一敗三可惜。 君子胸中所常體,不是人情是天理。 君子口中所常道,不是人倫是世教。 君子身中所常行,不是規矩是準繩。
新字:此生不学一可惜,此日閑過二可惜,此身一敗三可惜。 君子胸中所常体,不是人情是天理。 君子口中所常道,不是人倫是世教。 君子身中所常行,不是規矩是準縄。
書き下し
此の生學ばざるは一の可惜、此の日閑に過すは二の可惜、此の身一たび敗るるは三の可惜。 君子の胸中に常に體する所は、是れ人情にあらずして是れ天理なり。 君子の口中に常に道ふ所は、是れ人倫にあらずして是れ世教なり。 君子の身中に常に行ふ所は、是れ規矩にあらずして是れ準繩なり。
現代語訳
この一生に学ばないことが第一の惜しいこと、この一日をむだに過ごすことが第二の惜しいこと、この身がひとたび道を踏み外して身を滅ぼすことが第三の惜しいことです。 君子が胸のうちで常に体得しているのは、人の情ではなく天の道理です。 君子が口で常に語っているのは、個々の人間関係ではなく世を教え導く道です。 君子が身をもって常に行っているのは、型通りの決まりではなく、まっすぐな基準です。
解説
最初の句は「三つの惜しむべきこと」で、三可惜と呼ばれます。一生学ばないこと、一日を閑に過ごすこと、身を一度で敗ることを惜しむべきだと言います。後半は君子の胸・口・身を三つ並べ、常に体するのは人情でなく天理、常に道うのは人倫でなく世教、常に行うのは規矩でなく準縄だと述べます。規矩はコンパスと定規、準縄は水準器と墨縄で、ここでは細かな決まりより根本の基準を重んじる意味で使われています。目先の人情や細則を超えて、筋の通った原理で考え、語り、行う人の姿です。
この章句が説くこと
学問光陰天理持躬君子
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