格言聯璧 / 敦品類・榮を求むる時に已に辱を極む
品以行為主,若有一件愧怍之事,即非泰山北斗品格。 人爭求榮乎,就其求之之時,已極人間之辱;人爭恃寵乎,就其恃之之時,已極人間之賤。
新字:品以行為主,若有一件愧怍之事,即非泰山北斗品格。 人争求栄乎,就其求之之時,已極人間之辱;人争恃寵乎,就其恃之之時,已極人間之賤。
書き下し
品は行ひを以て主と爲す、若し一件の愧怍の事有らば、即ち泰山北斗の品格に非ず。 人爭ひて榮を求めんか、其の之を求むるの時に就きて、已に人間の辱を極む。人爭ひて寵を恃まんか、其の之を恃むの時に就きて、已に人間の賤を極む。
現代語訳
品格は行いが中心です。もし一つでも恥ずべき行いがあれば、泰山や北斗星のように仰がれる品格とはいえません。 人は争って栄誉を求めるでしょうか。それを求めているその時点で、すでにこの世の恥辱をきわめています。人は争って寵愛を頼みにするでしょうか。それを頼みにしているその時点で、すでにこの世の卑しさをきわめています。
解説
前の則の「一点の卑汚の心」を受けて、ここでは「一件の愧怍の事」と行いの側から品格を論じます。心と行いの両面から品格を見る組み立てです。泰山北斗は、泰山と北斗星のように世の人から仰ぎ見られる人物のたとえで、唐の韓愈を評した言葉として知られます。後半の対句は鋭く、栄誉や寵愛を争って求めるその姿自体が、すでに恥であり卑しさだと言い切ります。得られるかどうかではなく、求めてすがる時点で品格は損なわれているという見方です。評価や地位を追いかけるあまり、上の顔色ばかりうかがう働き方になっていないか、自分を省みるきっかけになる言葉です。
この章句が説くこと
品格栄辱修身謙虚名利
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