酔古堂剣掃 / 集醒・藹然として親しむべし
藹然可親,乃自溢之衝和,粧不出溫柔緩款;翹然難下,乃生成之倨傲,假不得遜順從容。
新字:藹然可親,乃自溢之衝和,粧不出温柔緩款;翹然難下,乃生成之倨傲,仮不得遜順従容。
書き下し
藹然として親しむべきは、乃ち自ら溢るるの衝和にして、溫柔緩款を粧ひ出さず。翹然として下り難きは、乃ち生成の倨傲にして、遜順從容を假り得ず。
現代語訳
穏やかで親しみやすいのは、内からおのずとあふれ出る和やかさによるものであって、温和さやゆったりした態度を装って出せるものではありません。高く頭をもたげて人にへりくだれないのは、生まれつきの傲慢さによるものであって、謙虚さや落ち着きを借りてきて取り繕うことはできません。
解説
人の雰囲気は、装っても隠しても、内面からにじみ出るものだと説いた対句です。藹然は穏やかで和やかなさま、衝和は心の中の和らいだ気、温柔緩款は温和でゆったりとした態度のことです。人に親しまれる雰囲気は、心の奥の和やかさから自然にあふれ出るもので、表面だけ温和さを装っても出せるものではありません。翹然は頭を高くもたげるさま、倨傲はおごり高ぶることです。人に頭を下げられない態度は、生まれつきの傲慢さから来るもので、謙虚なふりをしても隠しきれません。愛想よくふるまう技術は身につけられても、本当の温かさは内面を養わなければ生まれません。外見を整えるより先に、心そのものを育てたいものです。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
人柄謙虚修身内面品格
関連する章句
-
『酔古堂剣掃』集韻・玉を蘊み珠を含むが如し清姿は雲に臥し雪を餐ふが如く、天地も盡く其の塵汙を愧づ。雅致は玉を蘊み珠を含むが如く、日月も轉た其の泄露を嫌ふ。
-
『格言聯璧』敦品類・榮を求むる時に已に辱を極む品は行ひを以て主と爲す、若し一件の愧怍の事有らば、即ち泰山北斗の品格に非ず。 人爭ひて榮を求めんか、其の之を求むるの時に就きて、已に人間の辱を極む。人爭ひて寵を恃まんか、其の之を恃むの時に就きて、已に人間の賤を極む。
-
『大和俗訓』巻之五・言語一我が身をほめざれども、わがよきも悪しきも、人の心に知るものなり。たとひ我が才行あらはれずして、人知らずとも、わが身の徳に害なし。わが身の才能いみじくとも、みづからあらはし誉むるは、自ら媒すと云ふ。いやしむべし。其不徳の程あらはれて、むげに人に見おとさるるわざなり。
-
『酔古堂剣掃』集醒・貧賤の人を待つに禮有るは難し富貴の人を待つに、禮有るは難からずして、體有るは難し。貧賤の人を待つに、恩有るは難からずして、禮有るは難し。
-
『驢鞍橋』卷上夜話に曰く、今時の人すべを知らす、餓鬼畜生をさへ離れすして、二乗見解と云つて声聞縁覚をそしる人あり、あまり土な事なり。人は知らず、我は餓鬼畜生を離れす、誰ほしと云はば、おれほしと云はんずと也。因に人問ふ、日本諸宗の大師先徳に、古は大修行底の人有りや。師曰、知らぬ事なり、残されたる法語等を以て見れば、経文語録の格を以て書示されたると見えたり。実に修行强き人有りとも見えすと也。
-
史記 魏公子列伝魏の公子無忌は、魏の昭王の少子にして魏の安釐王の異母弟なり。昭王薨じ、安釐王即位し、公子を封じて信陵君と為す。是の時、范睢魏を亡げて秦に相たり、魏斉を怨むの故を以て、秦の兵大梁を囲み、魏の華陽の下の軍を破り、芒卯を走らす。魏王及び公子これを患ふ。公子は人と為り仁にして士に下り、士は賢不肖と無く皆謙りて礼もてこれに交はり、敢へてその富貴を以て士に驕らず。士は此を以て方数千里争ひ往きてこれに帰し、食客三千人を致す。是の時に当たりて、諸侯は公子の賢にして客多きを以て、敢へて兵を加へて魏を謀らざること十余年。