酔古堂剣掃 / 集醒・藹然として親しむべし
藹然可親,乃自溢之衝和,粧不出溫柔緩款;翹然難下,乃生成之倨傲,假不得遜順從容。
新字:藹然可親,乃自溢之衝和,粧不出温柔緩款;翹然難下,乃生成之倨傲,仮不得遜順従容。
書き下し
藹然として親しむべきは、乃ち自ら溢るるの衝和にして、溫柔緩款を粧ひ出さず。翹然として下り難きは、乃ち生成の倨傲にして、遜順從容を假り得ず。
現代語訳
穏やかで親しみやすいのは、内からおのずとあふれ出る和やかさによるものであって、温和さやゆったりした態度を装って出せるものではありません。高く頭をもたげて人にへりくだれないのは、生まれつきの傲慢さによるものであって、謙虚さや落ち着きを借りてきて取り繕うことはできません。
解説
人の雰囲気は、装っても隠しても、内面からにじみ出るものだと説いた対句です。藹然は穏やかで和やかなさま、衝和は心の中の和らいだ気、温柔緩款は温和でゆったりとした態度のことです。人に親しまれる雰囲気は、心の奥の和やかさから自然にあふれ出るもので、表面だけ温和さを装っても出せるものではありません。翹然は頭を高くもたげるさま、倨傲はおごり高ぶることです。人に頭を下げられない態度は、生まれつきの傲慢さから来るもので、謙虚なふりをしても隠しきれません。愛想よくふるまう技術は身につけられても、本当の温かさは内面を養わなければ生まれません。外見を整えるより先に、心そのものを育てたいものです。
この章句が説くこと
人柄謙虚修身内面品格
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