酔古堂剣掃 / 集醒・貧賤の人を待つに禮有るは難し
待富貴人,不難有禮,而難有體;待貧賤人,不難有恩,而難有禮。
新字:待富貴人,不難有礼,而難有体;待貧賤人,不難有恩,而難有礼。
書き下し
富貴の人を待つに、禮有るは難からずして、體有るは難し。貧賤の人を待つに、恩有るは難からずして、禮有るは難し。
現代語訳
富貴な人に接するとき、礼儀正しくするのは難しくありませんが、へつらわずに節度を保つのは難しいものです。貧しく身分の低い人に接するとき、恵みを施すのは難しくありませんが、礼儀を尽くすのは難しいものです。
解説
相手の身分によって、人が陥りやすい態度の偏りを指摘した対句です。富貴の人の前では、誰でも丁寧になりますが、つい卑屈になって自分の品位、体を失いがちです。貧賤の人に対しては、施しをするのはたやすくても、相手を対等に敬う礼を尽くすのは難しいものです。施す側が上からの目線になってしまうからです。礼と体、恩と礼が交差して対になっている構成が巧みです。立場が上の人にはへつらわず、立場が下の人には見下さないという態度は、言うは易く行うは難しです。取引先や上司、あるいは店員や後輩など、相手によって態度が変わっていないか、自分を振り返ってみたいものです。
この章句が説くこと
礼節謙虚処世交友品格
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