格言聯璧 / 持躬類・鳶飛魚躍を以て之を化すべし
格格不吐,刺刺不休,總是一般語病,請以鶯歌燕語療之。 戀戀不舍,忽忽若忘,各有一種情癡,當以鳶飛魚躍化之。 問消息於蓍龜,疑團空結。
新字:格格不吐,刺刺不休,総是一般語病,請以鶯歌燕語療之。 恋恋不舎,忽忽若忘,各有一種情痴,当以鳶飛魚躍化之。 問消息於蓍亀,疑団空結。
書き下し
格格として吐かず、刺刺として休まず、總て是れ一般の語病なり、請ふ鶯歌燕語を以て之を療せ。 戀戀として舍てず、忽忽として忘るるが若き、各おの一種の情癡有り、當に鳶飛魚躍を以て之を化すべし。 消息を蓍龜に問ふも、疑團空しく結ぶ。
現代語訳
言葉がつかえてなかなか出てこないのも、べらべらとしゃべって止まらないのも、どちらも同じ言葉の病です。どうか鶯の歌や燕のさえずりのような自然な語り口でそれを治してください。 いつまでも未練がましく捨てきれないのも、ぼんやりとして何もかも忘れてしまうようなのも、それぞれ一種の心の迷いです。鳶が空を飛び魚が淵に躍るような、のびやかな自然の働きによって、それを溶かすべきです。 吉凶を筮竹や亀甲の占いに尋ねても、疑いのかたまりがむなしく結ぼれるだけです。
解説
言葉と心の二つの病を、両極端の姿で示す聯です。格格不吐はつかえて言葉が出ないこと、刺刺不休はしゃべり続けて止まらないことで、どちらも言葉の病だから、鶯や燕のさえずりのような自然な話しぶりで治せと言います。恋恋不舎は未練、忽忽若忘は放心で、これも心の偏りだから、鳶飛魚躍でほぐせと言います。鳶飛魚躍は『詩経』大雅「旱麓」の句で、『中庸』が天地の道の生き生きとした現れとして引いたものです。最後の句は次の単位の「福祉を奥竈に祈るも」と対になり、占いに頼ると疑いが深まるだけだと戒めます。
この章句が説くこと
言語中庸持躬自然執着
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