格言聯璧 / 持躬類・膽は大ならんことを欲し、心は小ならんことを欲す
膽欲大,心欲小,智欲圓,行欲方。 真聖賢,決非迂腐。 真豪傑,斷不粗疏。 龍吟虎嘯,以翥鸞翔,大丈夫之氣象。 蠶繭蛛絲,蟻封蚓結,兒女子之經營。
新字:胆欲大,心欲小,智欲円,行欲方。 真聖賢,決非迂腐。 真豪傑,断不粗疏。 竜吟虎嘯,以翥鸞翔,大丈夫之気象。 蠶繭蛛糸,蟻封蚓結,児女子之経営。
書き下し
膽は大ならんことを欲し、心は小ならんことを欲し、智は圓ならんことを欲し、行は方ならんことを欲す。 眞の聖賢は、決して迂腐に非ず。 眞の豪傑は、斷じて粗疏ならず。 龍吟じ虎嘯き、以て翥り鸞翔ける、大丈夫の氣象なり。 蠶の繭、蛛の絲、蟻の封、蚓の結、兒女子の經營なり。
現代語訳
度胸は大きく、心配りは細やかに、知恵は円く柔軟に、行いは四角くきちんとありたいものです。 本当の聖賢は、決して世事にうとく古くさいものではありません。 本当の豪傑は、決して粗雑で大ざっぱではありません。 竜がうなり虎がほえ、鳳凰が舞い上がり鸞鳥が翔けるのは、大丈夫の気象です。 蚕の繭、蜘蛛の糸、蟻塚、みみずの盛り土のようにこまごまと巣を営むのは、女子供のやりくりです。
解説
冒頭の「胆は大、心は小、智は円、行は方」は、唐の名医孫思邈の言葉として『旧唐書』に見える有名な句で、大胆さと細心さ、柔軟さと方正さを兼ね備えよという教えです。続く対句は、真の聖賢は迂腐、つまり世間知らずの頑固者ではなく、真の豪傑は粗疏、つまり雑ではないと言い、どちらも反対の資質を併せ持つことを示します。後半は大丈夫の雄大な気象と、小さな巣作りに励む者の営みを対比します。底本の「以翥」は「鳳翥」の誤りと見て、鳳凰が舞い上がる意に訳しました。当時の言い方なので女子供という表現がありますが、要は小さな損得に心を奪われる器の小ささを戒めたものです。
この章句が説くこと
胆大心小気象持躬大丈夫器量
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