格言聯璧 / 持躬類・利心正に熾んなる時、一たび想ひて死に到る
欲心正熾時,一念著病,興似寒冰。 利心正熾時,一想到死,味同嚼蠟。 有一樂境界,卻有一不樂者相對待。 有一好光景,便有一不好底相乘除。
新字:欲心正熾時,一念著病,興似寒冰。 利心正熾時,一想到死,味同嚼蝋。 有一楽境界,却有一不楽者相対待。 有一好光景,便有一不好底相乗除。
書き下し
欲心正に熾んなる時、一念病に著けば、興寒冰に似たり。 利心正に熾んなる時、一たび想ひて死に到れば、味蠟を嚼むに同じ。 一の樂しき境界有れば、卻つて一の樂しからざる者の相對待する有り。 一の好き光景有れば、便ち一の好からざる底の相乘除する有り。
現代語訳
欲望がまさに燃え盛っているとき、ふと病気のことを思えば、興奮は冷たい氷のように冷めます。 利を求める心がまさに燃え盛っているとき、ふと死のことを思えば、その味わいは蝋をかむように味気なくなります。 一つ楽しい境遇があれば、かえって一つ楽しくないものがそれと向かい合っています。 一つ良い有り様があれば、すぐに一つ良くないものがそれと差し引きされます。
解説
前半は欲心と利心を冷ます方法を示す対句です。欲が燃え盛るときには病を思い、利に熱中するときには死を思えば、興奮は氷のように冷め、味は蝋をかむように味気なくなると言います。菜根譚にも同じ趣旨の句があります。後半の対句は、楽しい境遇には必ず楽しくないものが対になり、良い光景には必ず良くないものが差し引きされると言い、禍福は背中合わせであることを示します。乗除は掛け算と割り算で、差し引き勘定のことです。何かに夢中になりすぎたとき、その先にある終わりを思い浮かべると、冷静さを取り戻せます。
この章句が説くこと
寡欲無常持躬禍福冷静
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