格言聯璧 / 持躬類・靜坐して然る後に平日の氣の浮けるを知る
侵牟以聚怨,不若儉而養心。 放肆以遂欲,不若儉而安性。 靜坐,然後知平日之氣浮。 守默,然後知平日之言躁。 省事,然後知平日之心忙。
新字:侵牟以聚怨,不若倹而養心。 放肆以遂欲,不若倹而安性。 静坐,然後知平日之気浮。 守黙,然後知平日之言躁。 省事,然後知平日之心忙。
書き下し
侵牟して以て怨みを聚むるは、儉にして心を養ふに若かず。 放肆にして以て欲を遂ぐるは、儉にして性を安んずるに若かず。 靜坐して、然る後に平日の氣の浮けるを知る。 默を守りて、然る後に平日の言の躁しきを知る。 事を省きて、然る後に平日の心の忙しきを知る。
現代語訳
人のものを侵し奪って怨みを集めるよりは、倹約して心を養うほうがよいのです。 気ままに振る舞って欲を遂げるよりは、倹約して本性を安らかにするほうがよいのです。 静かに座ってみて、はじめてふだんの気持ちが浮ついていたことがわかります。 沈黙を守ってみて、はじめてふだんの言葉が騒がしかったことがわかります。 用事を減らしてみて、はじめてふだんの心が忙しかったことがわかります。
解説
前半は前の単位から続く「倹に若かず」の句の結びで、侵牟、つまり人の物を侵し取って怨みを集めることや、放縦に欲を遂げることより、倹約して心と本性を養うほうがよいと言います。後半は「静坐して然る後に」の列の始まりで、次の単位まで続きます。静坐すれば気の浮つきが、沈黙すれば言葉の騒がしさが、用事を減らせば心の忙しさがわかると言います。ふだんの自分の状態は、その中にいるときには気づけません。少し立ち止まって静かにしてみると、自分がどれほど慌ただしく過ごしていたかが見えてきます。
この章句が説くこと
静坐倹約持躬自省閑適
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