格言聯璧 / 持躬類・件件一たび想へば渾身都べて是れ過差
事事難上難,舉足常虞失墜。 件件想一想,渾身都是過差。 怒宜實力消融,過要細心檢點。 探理宜柔,優遊涵泳,始可以自得。 決欲宜剛,勇猛奮迅,始可以自新。
新字:事事難上難,舉足常虞失墜。 件件想一想,渾身都是過差。 怒宜実力消融,過要細心検点。 探理宜柔,優遊涵泳,始可以自得。 決欲宜剛,勇猛奮迅,始可以自新。
書き下し
事事難の上に難なれば、足を擧ぐるにも常に失墜を虞る。 件件一たび想へば、渾身都べて是れ過差なり。 怒りは宜しく實力もて消融すべく、過ちは細心に檢點するを要す。 理を探るは宜しく柔なるべし、優遊涵泳して、始めて以て自得すべし。 欲を決するは宜しく剛なるべし、勇猛奮迅して、始めて以て自ら新たにすべし。
現代語訳
何事も難しいうえにも難しいので、足を一歩上げるにもいつも踏み外すことを恐れます。 一つ一つ振り返ってみれば、全身すべてが過ちだらけです。 怒りは本当の力で溶かし消すべきであり、過ちは細かく注意して点検しなければなりません。 道理を探るときは柔らかくあるべきです。ゆったりと浸り味わってこそ、はじめて自ら会得できます。 欲を断ち切るときは剛くあるべきです。勇ましく奮い立ってこそ、はじめて自らを新たにできます。
解説
最初の対句は、何事も難しいと思えば一歩ごとに慎重になり、一つ一つ振り返れば全身が過ちだらけだと、自分を戒める謙虚な姿勢を示します。続いて怒りは実力で溶かし、過ちは細心に点検せよと言います。後半の対句が見どころで、理を探るには柔、欲を断つには剛と、正反対の姿勢を使い分けよと説きます。優遊涵泳は、ゆったりと水に浸るように学問を味わうことで、朱子が好んで使った言葉です。学ぶときは焦らずじっくり、悪い習慣を断つときは一気に、という使い分けは、読書と禁煙のような具体的な場面に置き換えるとよく分かります。
この章句が説くこと
改過涵泳持躬自省剛柔
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