格言聯璧 / 持躬類・凡そ陽は必ず剛、剛は必ず明
凡陽必剛,剛必明,明則易知。 凡陰必柔,柔必暗,暗則難測。 稱人以顏子,無不悅者,忘其貧賤而夭。 指人以盜跖,無不怒者,忘其富貴而壽。
新字:凡陽必剛,剛必明,明則易知。 凡陰必柔,柔必暗,暗則難測。 称人以顔子,無不悦者,忘其貧賤而夭。 指人以盗跖,無不怒者,忘其富貴而寿。
書き下し
凡そ陽は必ず剛、剛は必ず明、明なれば則ち知り易し。 凡そ陰は必ず柔、柔は必ず暗、暗なれば則ち測り難し。 人を稱するに顏子を以てすれば、悅ばざる者無し、其の貧賤にして夭なるを忘る。 人を指すに盜跖を以てすれば、怒らざる者無し、其の富貴にして壽なるを忘る。
現代語訳
およそ陽のものは必ず剛く、剛いものは必ず明るく、明るければ知りやすいものです。 およそ陰のものは必ず柔らかく、柔らかいものは必ず暗く、暗ければはかり難いものです。 人を顔回のようだと称えれば、喜ばない人はいません。顔回が貧しく身分が低く、若くして死んだことを忘れているのです。 人を盗跖のようだと指させば、怒らない人はいません。盗跖が富み栄え、長生きしたことを忘れているのです。
解説
前半は陰陽を人柄に当てはめた対句で、陽の人は剛く明るく分かりやすく、陰の人は柔らかく暗く測りがたいと言います。後半は鋭い観察で、人を顔回にたとえれば誰もが喜び、盗跖にたとえれば誰もが怒るが、顔回が貧賤で若死にし、盗跖が富貴で長寿だったことは忘れていると指摘します。顔回は孔子の最愛の弟子で三十余歳で亡くなり、盗跖は伝説の大盗賊です。人は心の底では富貴や長寿より徳を尊んでいるという証拠であり、同時に、本当に徳を求めるなら貧しさや不遇も引き受ける覚悟が要るという問いかけにもなっています。
この章句が説くこと
陰陽顔回持躬徳人物
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