格言聯璧 / 持躬類・水は君子なり、油は小人なり
疏放之人艱於進取,天將曲赦之也。 小人亦有坦蕩蕩處,無忌憚是已。 君子亦有長戚戚處,終身之憂是已。 水,君子也。其性沖,其質白,其味淡,其為用也,可以浣不潔者而使潔,即沸湯者投以油,亦自分別而不相混,誠哉君子也。油,小人也。其性沈,其質膩,其味濃,其為用也。可以汙潔者而使不潔,倘滾油中投以水,必至激搏而不相容,誠哉小人也。
新字:疏放之人艱於進取,天将曲赦之也。 小人亦有坦蕩蕩処,無忌憚是已。 君子亦有長戚戚処,終身之憂是已。 水,君子也。其性沖,其質白,其味淡,其為用也,可以浣不潔者而使潔,即沸湯者投以油,亦自分別而不相混,誠哉君子也。油,小人也。其性沈,其質膩,其味濃,其為用也。可以汚潔者而使不潔,倘滾油中投以水,必至激搏而不相容,誠哉小人也。
書き下し
疏放の人の進取に艱むは、天將に曲げて之を赦さんとするなり。 小人も亦た坦として蕩蕩たる處有り、忌憚無き是れのみ。 君子も亦た長く戚戚たる處有り、終身の憂ひ是れのみ。 水は、君子なり。其の性は沖、其の質は白、其の味は淡、其の用爲るや、以て不潔なる者を浣ひて潔からしむべし、即ひ沸湯なる者も投ずるに油を以てすれば、亦た自ら分別して相混ぜず、誠なるかな君子なり。油は、小人なり。其の性は沈、其の質は膩、其の味は濃、其の用爲るや、以て潔き者を汙して不潔ならしむべし、倘し滾油の中に投ずるに水を以てすれば、必ず激搏して相容れざるに至る、誠なるかな小人なり。
現代語訳
しまりのない人がなかなか出世できないのは、天がこれから大目に見てその人を赦そうとしているのです。 小人にもまた、平然としてのびのびしているところがあります。それは何もはばかることがない、ということです。 君子にもまた、いつも憂えているところがあります。それは一生涯の憂い、ということです。 水は君子です。その性質はさっぱりとしていて、色は白く、味は淡い。その働きは、汚れたものを洗って清らかにすることができます。煮え立った湯に油を入れても、おのずと分かれて混ざり合いません。まことに君子です。油は小人です。その性質は重く沈み、手触りはねっとりとしていて、味は濃い。その働きは、清らかなものを汚して不潔にすることができます。もし煮えたぎった油のなかに水を入れれば、必ず激しくはじけて相容れません。まことに小人です。
解説

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