格言聯璧 / 持躬類・品詣は常に我に勝る者を看よ
品詣常看勝如我者,則愧恥自增。 享用常看不如我者,則怨尤自泯。 家坐無聊,亦念食力擔夫紅塵赤日。 官階不達,尚有高才秀士白首青衿。
新字:品詣常看勝如我者,則愧恥自增。 享用常看不如我者,則怨尤自泯。 家坐無聊,亦念食力担夫紅塵赤日。 官階不達,尚有高才秀士白首青衿。
書き下し
品詣は常に我に勝る如き者を看れば、則ち愧恥自ら增す。 享用は常に我に如かざる者を看れば、則ち怨尤自ら泯ぶ。 家に坐して聊無きも、亦た食力の擔夫の紅塵赤日なるを念へ。 官階達せざるも、尚ほ高才の秀士の白首青衿なる有り。
現代語訳
人柄や修養の到達については、いつも自分より優れた人を見れば、恥じる心がおのずと増してきます。 暮らし向きや楽しみについては、いつも自分に及ばない人を見れば、恨みや不平はおのずと消えていきます。 家に座って退屈だと感じても、自分の力で食べている荷担ぎが、砂ぼこりと照りつける日のなかで働いていることを思いなさい。 官位が思うように上がらなくても、優れた才能を持ちながら、白髪になってもまだ青い襟の書生のままでいる人がいるのです。
解説
比べる相手の選び方を説く聯です。品詣、つまり徳や修養の程度は自分より上の人と比べて恥を知り、享用、つまり暮らしの楽しみは自分より下の人と比べて不満を消せと言います。上を見て励み、下を見て足るを知るという使い分けです。後半の対句は具体例で、家で退屈しているときは炎天下で荷を担ぐ人を思い、出世が遅いと嘆くときは、才能がありながら白首青衿、つまり白髪になっても科挙に通らず書生のままの人がいることを思えと言います。私たちは逆に、暮らしは上と比べて妬み、人柄は下と比べて安心しがちなので、耳の痛い指摘です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
知足向上持躬比較謙虚
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