酔古堂剣掃 / 集醒・我に如かざる者常に眾し
休怨我不如人,不如我者常眾;休誇我能勝人,勝如我者更多。
新字:休怨我不如人,不如我者常衆;休誇我能勝人,勝如我者更多。
書き下し
我の人に如かざるを怨むを休めよ、我に如かざる者常に眾し。我の能く人に勝るを誇るを休めよ、我に勝る者更に多し。
現代語訳
自分が人に及ばないことを恨むのはやめなさい。自分に及ばない人はいつも大勢います。自分が人に勝っていることを誇るのはやめなさい。自分に勝る人はさらに多くいます。
解説
人と比べて一喜一憂する心を戒めた、平易で覚えやすい対句です。自分が人より劣っていると恨むとき、私たちは上ばかり見ています。しかし下を見れば、自分より恵まれない人はいくらでもいます。反対に、自分が人より優れていると誇るとき、私たちは下ばかり見ています。しかし上を見れば、自分より優れた人はさらに多くいます。上を見て卑屈にならず、下を見て驕らない、という心の釣り合いが説かれています。上には上がいるということわざにも通じます。人と比べることを完全にやめるのは難しいですが、比べるなら両方向を見ることで、劣等感も優越感もやわらぎ、自分のすべきことに集中できるでしょう。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
謙虚知足比較処世修身
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