格言聯璧 / 持躬類・何物か我に非ざる
不負天子,不負生民,不負所學,君子所以用世。 以性分言,無論父子兄弟,即天地萬物,皆一體耳! 何物非我,於此信得及,則心體廓然矣。
新字:不負天子,不負生民,不負所学,君子所以用世。 以性分言,無論父子兄弟,即天地万物,皆一体耳! 何物非我,於此信得及,則心体廓然矣。
書き下し
天子に負かず、生民に負かず、學ぶ所に負かず、君子の世に用ひらるる所以なり。 性分を以て言へば、父子兄弟を論ずる無く、即ち天地萬物も、皆一體なるのみ。 何物か我に非ざる、此に於て信じ得て及べば、則ち心體廓然たり。
現代語訳
天子に背かず、民に背かず、自分の学んだことに背かない。これが君子が世に用いられるやり方です。 本性の面から言えば、父子や兄弟は言うまでもなく、天地万物まで、すべて一体なのです。 どんな物が自分でないというのでしょうか。このことを心から信じられれば、心の本体はからりと広がります。
解説
前の単位の三段に続く四段目で、天子・生民・所学に背かないことを君子の用世、つまり世に出て働くあり方とします。学んだことに背かないという一項が入っているのが印象的で、知識を身につけた者の責任を示しています。後半は性分と外物を対比する長い対句の前半で、本性の面から見れば天地万物すべてが自分と一体であり、それを信じられれば心は廓然、つまりからりと広くなると言います。万物一体は北宋の程顥や明の王陽明が説いた考えです。次の単位では逆に、外物の面から見れば身体さえ仮の殻にすぎないと続きます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
万物一体用世持躬仁心体
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