格言聯璧 / 存養類・一念の疏忽は是れ錯の起頭
一念疏忽,是錯起頭。 一念決裂,是錯到底。 古之學者,在心上做工夫,故發之容貌,則為盛德之符。 今之學者,在容貌上做工夫,故反之於心,則為實德之病。
新字:一念疏忽,是錯起頭。 一念決裂,是錯到底。 古之学者,在心上做工夫,故発之容貌,則為盛徳之符。 今之学者,在容貌上做工夫,故反之於心,則為実徳之病。
書き下し
一念の疏忽は、是れ錯の起頭なり。 一念の決裂は、是れ錯の到底なり。 古の學者は、心の上に在りて工夫を做す、故に之を容貌に發すれば、則ち盛德の符と爲る。 今の學者は、容貌の上に在りて工夫を做す、故に之を心に反せば、則ち實德の病と爲る。
現代語訳
一瞬の心のゆるみが、過ちの始まりです。 一瞬の心の断ち切れが、過ちの行き着く果てです。 昔の学ぶ者は、心の上で工夫をしました。だからそれが顔つきや姿に表れると、盛んな徳のしるしとなりました。 今の学ぶ者は、顔つきや姿の上で工夫をします。だからそれを心に照らしてみると、真の徳を損なう病となっています。
解説
前半は、過ちの始まりと行き着く先をどちらも一念に求める対句です。疏忽、つまりうっかりした油断が誤りの入り口となり、決裂、つまり思い切って道理を断ち切ってしまう一念が取り返しのつかない誤りに至らせます。後半は古今の学者を比べ、心を修めた結果として容貌に徳が現れるのが本来の姿で、容貌だけを整えて心が伴わないのは実徳の病だと言います。外見やふるまいの作法を学ぶことは大切ですが、それが中身の代わりになってしまえば本末転倒です。身なりや話し方を磨く前に、心の持ち方を点検したくなる一条です。
この章句が説くこと
存養油断修身実徳容貌
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