格言聯璧 / 存養類・存養は宜しく沖粹にして春溫に近かるべし
喜怒哀樂而曰未發,是從人心直溯道心,要他存養。 未發而曰喜怒哀樂,是從道心指出人心,要他省察。 存養宜沖粹,近春溫。省察宜謹嚴,近秋肅。
新字:喜怒哀楽而曰未発,是従人心直溯道心,要他存養。 未発而曰喜怒哀楽,是従道心指出人心,要他省察。 存養宜沖粋,近春温。省察宜謹厳,近秋粛。
書き下し
喜怒哀樂にして未發と曰ふは、是れ人心より直に道心に溯り、他をして存養せしめんことを要す。 未發にして喜怒哀樂と曰ふは、是れ道心より人心を指し出し、他をして省察せしめんことを要す。 存養は宜しく沖粹にして、春溫に近かるべし。省察は宜しく謹嚴にして、秋肅に近かるべし。
現代語訳
「喜怒哀楽の未だ発せざる」と言うのは、人の心からまっすぐ道の心へとさかのぼり、それを保ち養わせようとするものです。 未発のなかにも喜怒哀楽があると言うのは、道の心から人の心を指し示し、それを省みて察するよう求めるものです。 保ち養う工夫は、和やかで純粋であるべきで、春の暖かさに近いものです。省みて察する工夫は、慎み深く厳しくあるべきで、秋の引き締まった気配に近いものです。
解説
『中庸』の「喜怒哀楽の未だ発せざる、之を中と謂ふ」をめぐって、存養と省察という朱子学の二つの工夫を説き分けた聯です。人心は欲に動かされやすい心、道心は道理にかなう心で、『書経』大禹謨の語に基づきます。感情が起こる前の静かな心を保つのが存養、感情や欲の兆しを見張るのが省察です。最後の句は、存養は春の温かさのように穏やかに、省察は秋の厳しさのように引き締めて行えと、季節にたとえています。自分をいたわる時間と、自分を厳しく振り返る時間の両方を持つことが、心を健やかに保つ秘訣です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
存養省察中庸道心修身
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