格言聯璧 / 學問類・根本無き底の氣節
無根本底氣節,如酒漢毆人,醉時勇,醒來退消,無分毫氣力。 無學問底識見,如庖人煬竈,面前明,背後左右,無一些照顧。 理以心得為精,故當沈潛,不然,耳邊口頭也。
新字:無根本底気節,如酒漢殴人,酔時勇,醒来退消,無分毫気力。 無学問底識見,如庖人煬竈,面前明,背後左右,無一些照顧。 理以心得為精,故当沈潜,不然,耳辺口頭也。
書き下し
根本無き底の氣節は、酒漢の人を毆つが如く、醉ふ時は勇にして、醒め來れば退消し、分毫の氣力も無し。 學問無き底の識見は、庖人の竈を煬くが如く、面前は明かなれども、背後左右は、一些の照顧も無し。 理は心得を以て精と爲す、故に當に沈潛すべし。然らずんば、耳邊口頭なり。
現代語訳
根本のない気骨は、酔っぱらいが人を殴るようなもので、酔っているときは勇ましくても、酔いがさめると引っこんでしまい、少しの気力もありません。 学問のない見識は、料理人が竈の火をたくようなもので、目の前は明るくても、背後や左右はまったく照らされていません。 道理は心で会得してこそ精密になります。だから深く沈潜して考えなければなりません。そうでなければ、耳で聞き口で言うだけのものになります。
解説
気節と識見の偽物を、二つの生き生きとした比喩で描く聯です。根本のない気骨は酒の勢いのようなもので、醒めればしぼんでしまいます。学問に裏打ちされない見識は竈の火のようなもので、目の前しか照らしません。この二句は明の呂坤『呻吟語』に見える言葉です。最後の行は、道理は自分の心で会得して初めて精密になると言い、次の単位の「事は典故を以て拠と為す」と対になっています。勢いで言った強い言葉や、断片的な情報による判断がいかに脆いかは、会議やネットの議論でもよく見かける光景でしょう。
この章句が説くこと
気節識見学問沈潜実学
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