格言聯璧 / 學問類・身は萬物の中に在り、心は萬物の上に在り
宇宙內事,乃己分內事;己分內事,乃宇宙內事。 身在天地後,心在天地前。身在萬物中,心在萬物上。 觀天地生物氣象,學聖賢克己工夫。
新字:宇宙内事,乃己分内事;己分内事,乃宇宙内事。 身在天地後,心在天地前。身在万物中,心在万物上。 観天地生物気象,学聖賢克己工夫。
書き下し
宇宙内の事は、乃ち己が分内の事なり。己が分内の事は、乃ち宇宙内の事なり。 身は天地の後に在り、心は天地の前に在り。身は萬物の中に在り、心は萬物の上に在り。 天地生物の氣象を觀、聖賢克己の工夫を學ぶ。
現代語訳
宇宙のなかの事は、そのまま自分の本分のうちの事です。自分の本分のうちの事は、そのまま宇宙のなかの事です。 身は天地が生まれた後にありますが、心は天地より前にあります。身は万物のなかにありますが、心は万物の上にあります。 天地が万物を生み出すおおらかな気象を観察し、聖賢が自分に克つ工夫を学びましょう。
解説
第一句は南宋の陸九淵(象山)が少年のころに悟ったと伝えられる言葉で、世界の出来事と自分の務めは切り離せないという壮大な自覚を示します。第二句は身と心を対比し、肉体は天地の中の小さな一物でも、心は天地や万物を見渡すほど大きく自由だと言います。最後の句は、天地が生き物を育む大らかさを見習い、聖賢が己に克った工夫を学べと結びます。自分の仕事を世界とつながったものと感じられるとき、小さな作業にも意味が生まれます。一方で心を万物の上に置くとは、周りに振り回されない自分を保つことでもあるでしょう。
この章句が説くこと
克己宇宙本分学問気象
関連する章句
-
人物志・體別夫れ學は材を成す所以なり、疏は情を推す所以なり。偏材の性は、移轉すべからず。
-
言志四録・南洲手抄学之を古訓に稽へ、問之を師友に質すは、人皆之を知る。学必ず之を躬に学び、問必ず諸を心に問ふは、其れ幾人有らんか。
-
言志四録・南洲手抄朝にして食はずば、昼にして饑う。少うして学ばずば、壮にして惑ふ。饑うるは猶忍ぶ可し、惑ふは奈何ともす可からず。
-
歎異抄・第十二条経釈を読み学せざる輩、往生不定の由のこと。この条、すこぶる不足言の義と言いつべし。 他力真実の旨を明かせる諸の聖教は、本願を信じ念仏を申さば仏に成る、そのほか何の学問かは往生の要なるべきや。 まことにこの理に迷えらん人は、いかにもいかにも学問して、本願の旨を知るべきなり。 経釈を読み学すといえども、聖教の本意を心得ざる条、もっとも不便のことなり。
-
論語・為政篇子曰く、異端を攻むるは、斯れ害のみ。
-
説苑・建本子思曰わく、学は才を益す所以なり、礪は刃を致す所以なり。吾嘗て幽処して深く思うも、学の速やかなるに若かず。吾嘗て跂ちて望むも、高きに登りて博く見るに若かず。故に風に順いて呼べば、声疾しきを加えざれども聞く者衆し。丘に登りて招けば、臂長きを加えざれども見る者遠し。故に魚は水に乗り、鳥は風に乗り、草木は時に乗る。