格言聯璧 / 序・名づけて格言聯璧と曰ふ
余自道光丙午歲,敬承先志輯『幾希錄』續刻。工竣後徧閱先哲「語錄」,遇有警世名言輒手錄之,積久成帙編為十類,曰『覺覺錄』。卷帙繁多,工資艱鉅,未能遽付梓人。因將錄內整句先行刊布,名『格言聯璧』。以公同好。至全錄之刻,姑俟異日云。
新字:余自道光丙午歳,敬承先志輯『幾希録』続刻。工竣後遍閲先哲「語録」,遇有警世名言輒手録之,積久成帙編為十類,曰『覚覚録』。巻帙繁多,工資艱鉅,未能遽付梓人。因将録内整句先行刊布,名『格言聯璧』。以公同好。至全録之刻,姑俟異日云。
書き下し
余、道光丙午の歲より、敬んで先志を承けて『幾希錄』の續刻を輯む。工竣りて後、徧く先哲の「語錄」を閱し、警世の名言有るに遇へば輒ち手づから之を錄し、積むこと久しくして帙を成し、編みて十類と爲し、『覺覺錄』と曰ふ。卷帙繁多にして、工資艱鉅なれば、未だ遽かには梓人に付すること能はず。因りて錄内の整句を將て先づ刊布し、『格言聯璧』と名づく。以て同好に公にす。全錄の刻に至りては、姑く異日を俟つと云ふ。
現代語訳
私は道光丙午の年(一八四六年)から、つつしんで亡き父祖の志を受け継ぎ、『幾希録』の続編を編んで刊行しました。その仕事が終わったのち、先哲たちの「語録」を広く読み、世を戒める名言に出会うたびに自分の手で書き写しました。長い間に積もって一冊の書物となったので、十の類に分けて編み、『覚覚録』と名づけました。しかし巻数が多く、費用もかさむため、すぐには版木屋に回すことができません。そこで録のなかから形の整った句をまず刊行し、『格言聯璧』と名づけました。同じ志をもつ人々と分かち合うためです。全体の刊行については、しばらく後日を待つことにします。
解説
編者の金纓が、この書の成り立ちを述べた序です。彼は先人の志を継いで『幾希録』の続編を出したのち、先哲の語録を読みあさり、世を戒める名言を見つけるたびに書き写していきました。それを十の類に分けたのが『覚覚録』ですが、分量が多く出版費用が足りません。そこでまず対句として整った句だけを抜き出して刊行したのが本書だと言います。聯璧は、二つ並んだ美しい玉のことで、対になった格言を宝玉にたとえた名です。大きな計画を一度に実現できないとき、まず形の整った核だけを世に出すという判断は、今日の仕事の進め方にも通じる知恵です。
この章句が説くこと
格言編纂読書志先哲
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