家道訓 / 巻之四・用財上
一古人の財を用ふるは、其の財祿の分限に應じて、過分の事なかりしかば、困窮する人すくなし。後の人は、分限に過ぎて、下士は上士のまねをし、上士は大夫のまねをし、大夫は諸侯のまねをす。事によりて、士たるもの甚分をこえて、諸侯のまねをすること亦多し。かくのごとくならば、なんぞ困窮せざるべきや。事により、上より下にひとしくかろくするは害なし。下より上を僭して、貴き人のまねするは、大なるとがなり。
新字:一古人の財を用ふるは、其の財禄の分限に応じて、過分の事なかりしかば、困窮する人すくなし。後の人は、分限に過ぎて、下士は上士のまねをし、上士は大夫のまねをし、大夫は諸侯のまねをす。事によりて、士たるもの甚分をこえて、諸侯のまねをすること亦多し。かくのごとくならば、なんぞ困窮せざるべきや。事により、上より下にひとしくかろくするは害なし。下より上を僭して、貴き人のまねするは、大なるとがなり。
書き下し
一古人の財を用ふるは、其の財禄の分限に応じて、過分の事なかりしかば、困窮する人すくなし。後の人は、分限に過ぎて、下士は上士のまねをし、上士は大夫のまねをし、大夫は諸侯のまねをす。事によりて、士たるもの甚分をこえて、諸侯のまねをすること亦多し。かくのごとくならば、なんぞ困窮せざるべきや。事により、上より下にひとしくかろくするは害なし。下より上を僭して、貴き人のまねするは、大なるとがなり。
現代語訳
昔の人が財を用いるのは、その財禄の分限に応じて、分を過ぎたことがなかったので、困窮する人は少なかったのです。後の人は分限を過ぎて、下級の士は上級の士の真似をし、上級の士は大夫の真似をし、大夫は諸侯の真似をします。場合によっては、士である者がはなはだ分を越えて、諸侯の真似をすることもまた多いのです。このようであれば、どうして困窮しないでいられるでしょうか。場合によって、上の者が下の者と同じように軽くするのは害がありません。下の者が上を僭して、貴い人の真似をするのは大きな咎です。
解説
この章句が説くこと
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『家道訓』巻之五・用財中一貧窮の時、艱苦を堪忍すること、つとめて守るべし。世の人、多くは家をたもつに法なく、倹約の道を知らずして、貧窮を堪忍することなく、後日のわざはひをはからず、当時の欲にまかせて、分に過ぎて財を多く用ふるゆゑに、財たらず。古の人、我が身を倹約にし、万不自由をこらへ、財をみだりにつひやさず、人の財を借ることをきらひて、ふかき恥辱とす。故に財を借る人まれなり。もし已むことを得ずして人に借れば、恥ぢて云はずかくしてあらはさず。今の人は、人の財を借ることをこのみ、人に借ることを恥ぢず、かへつて借る事多きを以てめいぼくとす。財を借りて、みだりに用ふる人を、無欲なり、心いさぎよきとて褒む。又倹約にしてみだりに費さず、人の財を借らざる人をば、かへりて吝嗇なりとて議る。世こぞりてかくのごとき風俗となれり。習ひて風をなせり。一人のとがにはあらず。されど人々我がとがぞと思ひて、身にかへりみて道を行ふべし。是倹約と吝嗇との善悪をわきまへざること、雪と墨とを見分けざるが如し。愚なりと云ふべし。
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『家道訓』巻之五・用財中一我が家をたもつ道に、富貴の人もみづから心を用ひ、微細のこともよくはかり知りてつづまやかに行ふべし。むかしの人は、大名高家も、家事をみづからつとめ、微細のことにもよく心を用ひて、おろそかならざりしゆゑ、貧困に至らざるのみならず、余財多かりしなり。今の人大家にあらざれども、我が家事をむづかしとて、財用をみづからはからず、入ることも出すことも多少を知らず。只家のやつこにまかせてみづから知らざれば、家の計おろそかにして、分外の費多く、且やつこにかすめ取らるること多し。如此なれば、家産足らずして終に貧困にいたる。小身の人にもかやうの家事におろそかなるもの多し。一生貧窮にくるしむといへども、我が家計にうとくおろそかなる故なることを知らず。只世の成行あしきと、我が不幸とのみ思へるはあやまりなり。我が身困窮にくるしむのみならず、人の妨となり、はては子孫の災となる。かなしむべし。
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『家道訓』巻之四・用財上一凡太平の世の勢は、年々に、万の事必ず華美におもむきておごり、つひえ多くなりもてゆくものなれば、倹約をむねとして行はずして、只其のままにて、世の成行にまかせぬれば、人々困窮して家をたもちがたし。俗にながれ時にうつりゆかば、倹約の道立たずして、後には、必ず家をやぶるにいたるべし。家主となる人は、早く謀り遠くおもんばかるべし。万の事は、遠き後の事を早くおもんぱからざれば、必ずちかきうれひあり。はじめ憂ひ勤むれば、後は必ず安楽なり。初におこたりて心を用ひざれば、後は必ずうれひくるしみとなる。此の理をよくおもんぱかるべし。
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『家道訓』巻之四・用財上一家の破れたる所は、はやく修理し、武具をととのへ備へ、ふるくして損じたるは改め補ひ、父よりゆづれる器などの欠け損じたるは、はやく修復すべし。凡小破の時修理を加へざれば、大破にいたりてはむづかし。一仕ふるものは、君より賜はる禄あり。農工商は得たる田地あり家財あり。士も庶人も、其の財禄の多少によらず、其の分内にて倹約を行ひ、家人を養ひ家をたもつべし。是君父よりうけたるのみならず、天より賜はる所の定分の財禄なれば、大身小身貧富ともに、其の家の財禄を用ひて事足りぬべし。是天命を安んじて外を願はざるなり。已むことを得ば、外の財を借り用ふべからず。もし家禄の分限に過ぎてつひやせば、必ず財不足して、外に借り用ふるにいたる。
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『家道訓』巻之六・用財下一財禄はかぎりあり、私欲はかぎりなし。かぎりなき欲にまかせては、必ず財つきて困窮す。富める人も貧しき人も倹約にて、物ごとに嗜慾をこらへ、酒食衣服家居など、よろづの用、我が身上よりかろくうすくすると見ゆるが、理にかなひて能きほどなるべし。殊に貧家はかくの如くにして、やうやう我が得る所の財禄を用ひつくして、あまりなく不足なし。不足なければ、小禄の家も人に借り求むるに及ばず。然るに、万の身の俸養分限に過ぎて、心にまかせぬれば、富家といへども後は財不足し、みづからくるしむのみならず、人の妨となり、一生の苦み、子孫の不幸となる。貧家は、人にほどこし貧窮をすくふほどこそなくとも、せめて人の妨とならざるべし。
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『家道訓』巻之五・用財中一我が身に俸ずることはうすくして、人にほどこし礼義を行ふ事をあつくする、是用財の良法なり。今の人は、我が身に俸ずるにはおごり、人にほどこし礼義を行ふにはうすくす。是用財の道をうしなへり。一我が財禄の分限をわすれ、後の困窮を考へずして、当時の嗜慾にまかせ、分に過ぎて財を用ふれば、必ず財足らず。財不足するによりて、廉恥の心なく、つとむべき礼義を行ひがたく、人の困苦をめぐまず、あたふべき物をあたへず、奉公をつとむべきちからなく、軍用にともし。是家をたもち財を用ふる道を知らざればなり。然れば貴賤ともに、家ををさむるには、必ず財の用ひやうを知るべし。是人世の尤切要なる急務なり。
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