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十善法語 / 巻第十二・不邪見戒之下

妄語モムツカシキコトソ。餘程思惟分別ヲ用テ。世ヲ惑シ人ヲ誣ルニ足ルシヤ。大妄語等或ハ世ニ害アルホトノコトハ勿論ノコトシヤ。萬事有抵ニ言フホト易キコトハナイ。不見ヲ不見ト云。見ヲ見ト云。安然トシテ常ニ護持シテ。身ヲ終ルマテ其患ナキシヤ。綺語モヨホト辨舌利口ヲ用フヘノ。ムツカシキシヤ。惡口モ兩舌モ尙更心勞ナルコトソ。不綺語不惡口不兩舌ヲ守ル。何ノ造作有ヘキソ。惡貪多欲モ。瞋恚嫉妬モ身心ヲ苦勞ス。不貪欲不瞋恚ハコノ造作ナキシヤ。上下貴賤。二六時中。自省ルニ疚シカラヌシヤ。邪見ハ尙更ムツカシキコトソ。邪法邪宗ハ勿論ノコト。假令少分ノ邪見モ。元來無理ナル道理ヲ拵ヘ立ル故。其心勞スルシヤ。正見正道。理ノ通リニ佛アルコトヲ信シ。神祇アルコトヲ信シ。善ヲ好ミ。惡ヲニクム。何ノムツカシキコトハナキシヤ。

新字:妄語モムツカシキコトソ。余程思惟分別ヲ用テ。世ヲ惑シ人ヲ誣ルニ足ルシヤ。大妄語等或ハ世ニ害アルホトノコトハ勿論ノコトシヤ。万事有抵ニ言フホト易キコトハナイ。不見ヲ不見ト云。見ヲ見ト云。安然トシテ常ニ護持シテ。身ヲ終ルマテ其患ナキシヤ。綺語モヨホト弁舌利口ヲ用フヘノ。ムツカシキシヤ。悪口モ両舌モ尚更心労ナルコトソ。不綺語不悪口不両舌ヲ守ル。何ノ造作有ヘキソ。悪貪多欲モ。瞋恚嫉妬モ身心ヲ苦労ス。不貪欲不瞋恚ハコノ造作ナキシヤ。上下貴賤。二六時中。自省ルニ疚シカラヌシヤ。邪見ハ尚更ムツカシキコトソ。邪法邪宗ハ勿論ノコト。仮令少分ノ邪見モ。元来無理ナル道理ヲ拵ヘ立ル故。其心労スルシヤ。正見正道。理ノ通リニ仏アルコトヲ信シ。神祇アルコトヲ信シ。善ヲ好ミ。悪ヲニクム。何ノムツカシキコトハナキシヤ。

書き下し

妄語モムツカシキコトソ。余程思惟分別ヲ用テ。世ヲ惑シ人ヲ誣ルニ足ルシヤ。大妄語等或ハ世ニ害アルホトノコトハ勿論ノコトシヤ。万事有抵ニ言フホト易キコトハナイ。不見ヲ不見ト云。見ヲ見ト云。安然トシテ常ニ護持シテ。身ヲ終ルマテ其患ナキシヤ。綺語モヨホト弁舌利口ヲ用フヘノ。ムツカシキシヤ。悪口モ両舌モ尚更心労ナルコトソ。不綺語不悪口不両舌ヲ守ル。何ノ造作有ヘキソ。悪貪多欲モ。瞋恚嫉妬モ身心ヲ苦労ス。不貪欲不瞋恚ハコノ造作ナキシヤ。上下貴賤。二六時中。自省ルニ疚シカラヌシヤ。邪見ハ尚更ムツカシキコトソ。邪法邪宗ハ勿論ノコト。仮令少分ノ邪見モ。元来無理ナル道理ヲ拵ヘ立ル故。其心労スルシヤ。正見正道。理ノ通リニ仏アルコトヲ信シ。神祇アルコトヲ信シ。善ヲ好ミ。悪ヲニクム。何ノムツカシキコトハナキシヤ。

現代語訳

妄語も難しいことである。よほど思慮や分別を用いて、はじめて世を惑わし人を欺くに足りるのである。大妄語など、あるいは世に害があるほどのことは言うまでもない。何事もありのままに言うほどたやすいことはない。見ていないことを見ていないと言い、見たことを見たと言う。安らかに常に守り保って、身を終えるまでその患いがないのである。綺語もよほど弁舌や口の巧みさを用いなければならず、難しいのである。悪口も両舌も、なおさら心の労苦である。不綺語・不悪口・不両舌を守るのに、何の手間があろうか。ひどい貪りや多くの欲も、怒りや嫉妬も、身と心を苦しめる。不貪欲・不瞋恚にはこの手間がないのである。上下貴賤ともに、一日中、自ら省みて後ろめたいことがないのである。邪見はなおさら難しいことである。邪な法や邪な宗は言うまでもない。たとえわずかな邪見も、もともと無理な道理をこしらえ立てるから、その心が労するのである。正しい見方、正しい道は、理の通りに仏があることを信じ、神々があることを信じ、善を好み、悪を憎む。何の難しいこともないのである。

解説

口の四つの戒と意の三つの戒についても、同じ論法が続く。嘘は辻褄を合わせるために思慮を尽くさねばならず、飾った言葉や悪口、二枚舌も心を疲れさせる。見ていないものは見ていない、見たものは見たと言うほど楽なことはない。貪りや怒りや嫉妬も身心を苦しめる。そして邪見は、無理な理屈をこしらえ続けなければならないから一番難しい。正直で素直な見方こそ最も易しい道だという結論は、報告や説明に悩む日々の仕事にそのまま生きる。

この章句が説くこと

不妄語正直邪見瞋恚貪欲十善

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