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十善法語 / 巻第十二・不邪見戒之下

此中ニ邪見ヲ離ルルト云ハ菩薩ハ本性トシテ空有ノ二見ヲ起サヌコトシヤ。正道ニ住スト云ハ常ニ正法ヲ以テ自ノ心トスルコトシヤ。占卜ヲ行セスト云ハ邪活命ヲ離ルルコトシヤ。惡戒ヲ取ズト云ハ佛所說ノ戒法ヲ護持シテ。外道難狗等ノ戒ニ依ヌコトシヤ。末世ニテ云ハ。人師所立ノ戒ニ依ヌシヤ。清涼ノ疏ニハ戒取ヲ治スト釋ス。心見正直ト云ハ妄分別思慮ノナキコトシヤ。無証トハ覆藏ナキシヤ。無諂トハ詐ヲ現セヌコトシヤ。佛法僧ニ於テ決定ノ信ヲ起スト云ハ。三歸滿足ノコトシヤ。

新字:此中ニ邪見ヲ離ルルト云ハ菩薩ハ本性トシテ空有ノ二見ヲ起サヌコトシヤ。正道ニ住スト云ハ常ニ正法ヲ以テ自ノ心トスルコトシヤ。占卜ヲ行セスト云ハ邪活命ヲ離ルルコトシヤ。悪戒ヲ取ズト云ハ仏所説ノ戒法ヲ護持シテ。外道難狗等ノ戒ニ依ヌコトシヤ。末世ニテ云ハ。人師所立ノ戒ニ依ヌシヤ。清涼ノ疏ニハ戒取ヲ治スト釈ス。心見正直ト云ハ妄分別思慮ノナキコトシヤ。無証トハ覆蔵ナキシヤ。無諂トハ詐ヲ現セヌコトシヤ。仏法僧ニ於テ決定ノ信ヲ起スト云ハ。三帰満足ノコトシヤ。

書き下し

此中ニ邪見ヲ離ルルト云ハ菩薩ハ本性トシテ空有ノ二見ヲ起サヌコトシヤ。正道ニ住スト云ハ常ニ正法ヲ以テ自ノ心トスルコトシヤ。占卜ヲ行セスト云ハ邪活命ヲ離ルルコトシヤ。悪戒ヲ取ズト云ハ仏所説ノ戒法ヲ護持シテ。外道難狗等ノ戒ニ依ヌコトシヤ。末世ニテ云ハ。人師所立ノ戒ニ依ヌシヤ。清涼ノ疏ニハ戒取ヲ治スト釈ス。心見正直ト云ハ妄分別思慮ノナキコトシヤ。無証トハ覆蔵ナキシヤ。無諂トハ詐ヲ現セヌコトシヤ。仏法僧ニ於テ決定ノ信ヲ起スト云ハ。三帰満足ノコトシヤ。

現代語訳

この中で、邪見を離れると言うのは、菩薩は本性として、空と有の二つの見方を起こさないことである。正道に住すると言うのは、常に正法を自分の心とすることである。占いを行わないと言うのは、邪な生き方を離れることである。悪しき戒を取らないと言うのは、仏の説かれた戒法を守り保って、外道の犬や鶏の真似をするような戒によらないことである。末世で言えば、人師の立てた戒によらないことである。清涼大師の疏には、戒禁取見を治すと解釈している。心の見方が正直と言うのは、妄りな分別や思慮がないことである。偽りがないとは、隠し立てがないことである。へつらいがないとは、偽りを現さないことである。仏法僧に対して揺るがない信を起こすと言うのは、三帰依が満ち足りることである。

解説

華厳経の文を一句ずつ解く段である。邪見を離れるとは、すべては無いとする空見にも、実在するとする有見にも偏らないこと。占いをしないとは、占いで生計を立てるような邪な暮らしを離れること。悪戒を取らずとは、犬や鶏の真似で解脱できると考えた外道の苦行や、後世の人師が勝手に立てた戒によらないことだという。清涼大師澄観は華厳経の注釈で知られる唐の僧である。隠し立てせず、へつらわず、偽りを見せない。この正直さは職業人の信頼の土台でもある。

この章句が説くこと

正直邪見三帰華厳経澄観

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