十善法語 / 巻第十二・不邪見戒之下
看ヨ。殺生スルハ。ヨホトムツカシキソ。人ヲ殺スハ勿論ノコト。假令禽獸魚蟲ヲ殺害スルニモ。身ヲモ動シ。心ヲモ勞ス。ソレ相應ノ殺具網羅刀物ナトヲ用フ。不殺生戒ヲ持ハ。此造作ニワタラス。泰然トシテ護持ノナルコトシヤ。偸盜ヲ犯スルハ。ヨホトムツカシキコトソ。盜賊ノ部類ニ入テ。家燒劫盜ヲナスハ勿論ノコト。穿窬私竊モ。身モ心モ働カサネハナラヌ。人ノ目ヲモ忍ハネハナラヌ。不偸盜戒ヲ持ツハ。コノ造作ハイラヌ。行住坐臥泰然トシテ護持ノナルコトシヤ。邪婬ヲ犯スルハ。ムツカシキコトソ。他ノ妻妾ヲ犯スルハ勿論。少少ノ婬戯モ。世間國法ニ許サヌ事ハ。人ノ目ヲモ忍ハネハナラヌ。身心ヲモ勞セネハナラヌ。不邪婬戒ヲ持ツニハ。何ノ造作ガアル。家居恒ニ安ク。交友モ亦安ク。悠然トシテ護持ヲナスシヤ。屋漏ニモ愧ルコトナキシヤ。童眞淨行ノ人ハ。尙更相好言辭威儀モ。衆ニ異ナルト云コトシヤ。
新字:看ヨ。殺生スルハ。ヨホトムツカシキソ。人ヲ殺スハ勿論ノコト。仮令禽獣魚虫ヲ殺害スルニモ。身ヲモ動シ。心ヲモ労ス。ソレ相応ノ殺具網羅刀物ナトヲ用フ。不殺生戒ヲ持ハ。此造作ニワタラス。泰然トシテ護持ノナルコトシヤ。偸盗ヲ犯スルハ。ヨホトムツカシキコトソ。盗賊ノ部類ニ入テ。家焼劫盗ヲナスハ勿論ノコト。穿窬私窃モ。身モ心モ働カサネハナラヌ。人ノ目ヲモ忍ハネハナラヌ。不偸盗戒ヲ持ツハ。コノ造作ハイラヌ。行住坐臥泰然トシテ護持ノナルコトシヤ。邪婬ヲ犯スルハ。ムツカシキコトソ。他ノ妻妾ヲ犯スルハ勿論。少少ノ婬戯モ。世間国法ニ許サヌ事ハ。人ノ目ヲモ忍ハネハナラヌ。身心ヲモ労セネハナラヌ。不邪婬戒ヲ持ツニハ。何ノ造作ガアル。家居恒ニ安ク。交友モ亦安ク。悠然トシテ護持ヲナスシヤ。屋漏ニモ愧ルコトナキシヤ。童真浄行ノ人ハ。尚更相好言辞威儀モ。衆ニ異ナルト云コトシヤ。
書き下し
看ヨ。殺生スルハ。ヨホトムツカシキソ。人ヲ殺スハ勿論ノコト。仮令禽獣魚虫ヲ殺害スルニモ。身ヲモ動シ。心ヲモ労ス。ソレ相応ノ殺具網羅刀物ナトヲ用フ。不殺生戒ヲ持ハ。此造作ニワタラス。泰然トシテ護持ノナルコトシヤ。偸盗ヲ犯スルハ。ヨホトムツカシキコトソ。盗賊ノ部類ニ入テ。家焼劫盗ヲナスハ勿論ノコト。穿窬私窃モ。身モ心モ働カサネハナラヌ。人ノ目ヲモ忍ハネハナラヌ。不偸盗戒ヲ持ツハ。コノ造作ハイラヌ。行住坐臥泰然トシテ護持ノナルコトシヤ。邪婬ヲ犯スルハ。ムツカシキコトソ。他ノ妻妾ヲ犯スルハ勿論。少少ノ婬戯モ。世間国法ニ許サヌ事ハ。人ノ目ヲモ忍ハネハナラヌ。身心ヲモ労セネハナラヌ。不邪婬戒ヲ持ツニハ。何ノ造作ガアル。家居恒ニ安ク。交友モ亦安ク。悠然トシテ護持ヲナスシヤ。屋漏ニモ愧ルコトナキシヤ。童真浄行ノ人ハ。尚更相好言辞威儀モ。衆ニ異ナルト云コトシヤ。
現代語訳
見よ。殺生することは、よほど難しいことである。人を殺すことは言うまでもない。たとえ鳥や獣や魚や虫を殺すのにも、身をも動かし、心をも労する。それ相応の殺す道具や網や刃物などを用いる。不殺生戒を保つのは、この手間にかかわらず、泰然として守り保てることである。偸盗を犯すのは、よほど難しいことである。盗賊の仲間に入って、放火や強盗をするのは言うまでもない。塀に穴をあけたり、ひそかに盗んだりするのも、身も心も働かせなければならない。人の目をも忍ばなければならない。不偸盗戒を保つのは、この手間はいらない。行住坐臥、泰然として守り保てることである。邪婬を犯すのは、難しいことである。他人の妻や妾を犯すのは言うまでもない。少しばかりの淫らな戯れも、世間や国の法が許さないことは、人の目をも忍ばなければならない。身も心も労しなければならない。不邪婬戒を保つのに、何の手間があろうか。家の暮らしは常に安らかで、友との交わりもまた安らかで、悠然として守り保つのである。人の見ていない部屋の隅でも恥じることがないのである。童貞で清らかな行いの人は、なおさら顔つきや言葉や立ち居振る舞いも、人々と異なるということである。
解説
この章句が説くこと
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