十善法語 / 巻第十二・不邪見戒之下
法寶ノ尊重ナルコトモ。信スレハ信セラルル。今日此方共カ稱讚スヘキナラネト且ク信解ノ分齊ヲ云ハハ。萬物ミナ條理アリ。夷狄モソノ道アリ。此佛有テ此法アル。此法有テ此佛アル。法性ノ身。法性ノ土。互ニ融攝シテ未來際ヲ盡ス。此衆生アル。處トシテ法性ナラヌハナク。此國土アル。處トシテ法性ナラヌハナシ。法法自爾。心念ヲ絕ス。思惟セハ禪定相應シヤ。一切時中。言論ノ及フ所ナラス。若說ケハ。刹說。衆生說。三世一切說シヤ。此佛身ヲ開示スル。此佛土ヲ開示スル。此衆生界業相昇沈ヲ開示スル。
新字:法宝ノ尊重ナルコトモ。信スレハ信セラルル。今日此方共カ称讃スヘキナラネト且ク信解ノ分斉ヲ云ハハ。万物ミナ条理アリ。夷狄モソノ道アリ。此仏有テ此法アル。此法有テ此仏アル。法性ノ身。法性ノ土。互ニ融摂シテ未来際ヲ尽ス。此衆生アル。処トシテ法性ナラヌハナク。此国土アル。処トシテ法性ナラヌハナシ。法法自爾。心念ヲ絶ス。思惟セハ禅定相応シヤ。一切時中。言論ノ及フ所ナラス。若説ケハ。刹説。衆生説。三世一切説シヤ。此仏身ヲ開示スル。此仏土ヲ開示スル。此衆生界業相昇沈ヲ開示スル。
書き下し
法宝ノ尊重ナルコトモ。信スレハ信セラルル。今日此方共カ称讃スヘキナラネト且ク信解ノ分斉ヲ云ハハ。万物ミナ条理アリ。夷狄モソノ道アリ。此仏有テ此法アル。此法有テ此仏アル。法性ノ身。法性ノ土。互ニ融摂シテ未来際ヲ尽ス。此衆生アル。処トシテ法性ナラヌハナク。此国土アル。処トシテ法性ナラヌハナシ。法法自爾。心念ヲ絶ス。思惟セハ禅定相応シヤ。一切時中。言論ノ及フ所ナラス。若説ケハ。刹説。衆生説。三世一切説シヤ。此仏身ヲ開示スル。此仏土ヲ開示スル。此衆生界業相昇沈ヲ開示スル。
現代語訳
法宝の尊いことも、信じれば信じられる。今日私たちが称賛できることではないけれども、しばらく信じ理解できる範囲で言うならば、万物にはみな筋道があり、夷狄にもその道がある。この仏があってこの法がある。この法があってこの仏がある。法性の身と法性の国土が、互いに溶け合い包み合って、未来の果てを尽くす。この衆生があり、どこも法性でない所はなく、この国土があり、どこも法性でない所はない。法と法はおのずからそのようであって、心の思いを絶している。思いめぐらせば禅定にかなうのである。一切の時の中で、言葉や議論の及ぶ所ではない。もし説くならば、国土が説き、衆生が説き、三世の一切が説くのである。この仏の身を開き示す。この仏の国土を開き示す。この衆生の世界の業のありさまの浮き沈みを開き示す。
解説
この章句が説くこと
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