師導古典を学びたいすべての人に

十善法語 / 巻第十二・不邪見戒之下

此得道感通ノ事ハ。凡愚ノ及フ所ナラヌカ。近クハ世間技藝ノ中ニ。著ヲ數ヘ卦ヲ布テ吉凶ヲ斷スル。龜ヲ灼テ兆ヲ觀ル。此モ心ノ感通ヨリ生シテ。此中ニ吉凶モ悔吝モ顯ルルシヤ。相者モ術ニ精シキ者ハ。面部手足黑子等ヲ相シテ。其人ノ生來ノ事ヲモ知リ。子孫ノ多少興廢ヲモ言シヤ。此モ人ノ業相カ。面部手足等ノ相ノ中ニ具足シテ隱シ得ヌシヤ。此相法ナトモ。上古仙人ノ術ト云コトシヤ。聖教ノ中ニ。末利夫人世尊ヲ供養セシ後。婆羅門カソノ手紋ヲ見テ。王者ノ后妃ト成ルヘシト云。又妙光童女ヲ相者カ見テ。此人ハ五百人ノ妻トナルヘシト云フ類。外典ノ中ハ。唐叔虞ノ手紋ニ虞ノ字アル。唐ノ太宗ノ手紋ニ世民ノ字アル。宋ノ仲子カ手紋ニ爲魯夫人ノ字アル。魯ノ季氏カ手紋ニ友ノ字アリシ類シヤ。此手紋人相ノ中ニ禍福ヲ顯スモ面白キコトシヤ。

新字:此得道感通ノ事ハ。凡愚ノ及フ所ナラヌカ。近クハ世間技芸ノ中ニ。著ヲ数ヘ卦ヲ布テ吉凶ヲ断スル。亀ヲ灼テ兆ヲ観ル。此モ心ノ感通ヨリ生シテ。此中ニ吉凶モ悔吝モ顕ルルシヤ。相者モ術ニ精シキ者ハ。面部手足黒子等ヲ相シテ。其人ノ生来ノ事ヲモ知リ。子孫ノ多少興廃ヲモ言シヤ。此モ人ノ業相カ。面部手足等ノ相ノ中ニ具足シテ隠シ得ヌシヤ。此相法ナトモ。上古仙人ノ術ト云コトシヤ。聖教ノ中ニ。末利夫人世尊ヲ供養セシ後。婆羅門カソノ手紋ヲ見テ。王者ノ后妃ト成ルヘシト云。又妙光童女ヲ相者カ見テ。此人ハ五百人ノ妻トナルヘシト云フ類。外典ノ中ハ。唐叔虞ノ手紋ニ虞ノ字アル。唐ノ太宗ノ手紋ニ世民ノ字アル。宋ノ仲子カ手紋ニ為魯夫人ノ字アル。魯ノ季氏カ手紋ニ友ノ字アリシ類シヤ。此手紋人相ノ中ニ禍福ヲ顕スモ面白キコトシヤ。

書き下し

此得道感通ノ事ハ。凡愚ノ及フ所ナラヌカ。近クハ世間技芸ノ中ニ。著ヲ数ヘ卦ヲ布テ吉凶ヲ断スル。亀ヲ灼テ兆ヲ観ル。此モ心ノ感通ヨリ生シテ。此中ニ吉凶モ悔吝モ顕ルルシヤ。相者モ術ニ精シキ者ハ。面部手足黒子等ヲ相シテ。其人ノ生来ノ事ヲモ知リ。子孫ノ多少興廃ヲモ言シヤ。此モ人ノ業相カ。面部手足等ノ相ノ中ニ具足シテ隠シ得ヌシヤ。此相法ナトモ。上古仙人ノ術ト云コトシヤ。聖教ノ中ニ。末利夫人世尊ヲ供養セシ後。婆羅門カソノ手紋ヲ見テ。王者ノ后妃ト成ルヘシト云。又妙光童女ヲ相者カ見テ。此人ハ五百人ノ妻トナルヘシト云フ類。外典ノ中ハ。唐叔虞ノ手紋ニ虞ノ字アル。唐ノ太宗ノ手紋ニ世民ノ字アル。宋ノ仲子カ手紋ニ為魯夫人ノ字アル。魯ノ季氏カ手紋ニ友ノ字アリシ類シヤ。此手紋人相ノ中ニ禍福ヲ顕スモ面白キコトシヤ。

現代語訳

この道を得た者の感応のことは、凡夫や愚かな者の及ぶ所ではないのか。身近なところでは、世間の技芸の中に、筮竹を数え卦を並べて吉凶を判断すること、亀の甲を焼いてひびの兆しを見ることがある。これも心の感応から生じて、この中に吉凶も悔吝(後悔と恥)も現れるのである。人相見も術に詳しい者は、顔や手足やほくろなどを見て、その人の生まれてからのことも知り、子孫の多い少ない、栄える衰えるをも言うのである。これも人の業のありさまが、顔や手足などの相の中に備わっていて隠しきれないのである。この人相の法なども、上古の仙人の術だということである。仏典の中に、末利夫人が世尊を供養した後、婆羅門がその手の紋を見て、王の后妃となるだろう、と言った。また妙光童女を人相見が見て、この人は五百人の妻となるだろう、と言った類がある。仏典以外の書の中には、唐叔虞の手の紋に虞の字があり、唐の太宗の手の紋に世民の字があり、宋の仲子の手の紋に魯の夫人となるという字があり、魯の季氏の手の紋に友の字があった類がある。この手の紋や人相の中に禍福が現れるのも面白いことである。

解説

得道者の感通は凡人の及ばないものかと問い、身近な占いや人相の術を例に、そこにも心の感通が働くと説く。易の筮や亀卜、人相、手相である。末利夫人はコーサラ国王の后となった女性で、仏典に手相の話が伝わる。唐叔虞や宋の仲子、魯の季友の手の文字の話は左伝などに見える。当時の教えとしてはこう説かれたのであり、占いの真偽を今に押しつけるものではない。人の生き方がいつしか顔つきや振る舞いに現れるという観察として受け取るのが穏当である。

この章句が説くこと

感通人相吉凶末利夫人

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる