十善法語 / 巻第十二・不邪見戒之下
今時ノ者ノ法ヲ得スハ。高遠ニ走ル故シヤ。足モトニ在コトヲ知ラス。外ニ求ル故ニ。假令百千年ヲ歷テモ得ル時節ハナキソ。法過去ニ屬スレハ此念モ過去ニ屬スル。法未來ニ屬スレハ此念モ未來ニ屬スル。法現在ニ屬スレハ此念現在前ス。法久近アレハ此念久近アル。業相修短有テ此念修短アル。世界年時有テ此念コノ生涯ヲ送ル。朝ヨリ暮ニ至ルマテ。生ヨリ死ニ至マテ。暫モ離レ得ヌ。生死去來ニ暫モ離レ得ヌ。境來レハ起ル。境去レハ滅ス。此念滅シ去テ跡ナキヤウナレトモ。一念生セシモ必ス熏シ留ムル處カアル。猛利ニ思惟シ度量センコト。數數憶念セシコトハ永ク忘レヌモノシヤ。此熏何處ニ留ムルソ。色身元來念念代謝ス。虛空元來熏ヲ受ヌ。此永ク忘ヌハ何處ニ記シ得ルソ。脾胃肝膽唯是一變ノ頑肉シヤ。眼耳鼻舌身唯コレ一變ノ頑肉シヤ。能思惟シテ自ラ得力ノ場處ニ至ラハ。此法ハ洞然明白シヤ。白晝ニ大路ヲ行カ如クシヤ。
新字:今時ノ者ノ法ヲ得スハ。高遠ニ走ル故シヤ。足モトニ在コトヲ知ラス。外ニ求ル故ニ。仮令百千年ヲ歴テモ得ル時節ハナキソ。法過去ニ属スレハ此念モ過去ニ属スル。法未来ニ属スレハ此念モ未来ニ属スル。法現在ニ属スレハ此念現在前ス。法久近アレハ此念久近アル。業相修短有テ此念修短アル。世界年時有テ此念コノ生涯ヲ送ル。朝ヨリ暮ニ至ルマテ。生ヨリ死ニ至マテ。暫モ離レ得ヌ。生死去来ニ暫モ離レ得ヌ。境来レハ起ル。境去レハ滅ス。此念滅シ去テ跡ナキヤウナレトモ。一念生セシモ必ス熏シ留ムル処カアル。猛利ニ思惟シ度量センコト。数数憶念セシコトハ永ク忘レヌモノシヤ。此熏何処ニ留ムルソ。色身元来念念代謝ス。虚空元来熏ヲ受ヌ。此永ク忘ヌハ何処ニ記シ得ルソ。脾胃肝胆唯是一変ノ頑肉シヤ。眼耳鼻舌身唯コレ一変ノ頑肉シヤ。能思惟シテ自ラ得力ノ場処ニ至ラハ。此法ハ洞然明白シヤ。白昼ニ大路ヲ行カ如クシヤ。
書き下し
今時ノ者ノ法ヲ得スハ。高遠ニ走ル故シヤ。足モトニ在コトヲ知ラス。外ニ求ル故ニ。仮令百千年ヲ歴テモ得ル時節ハナキソ。法過去ニ属スレハ此念モ過去ニ属スル。法未来ニ属スレハ此念モ未来ニ属スル。法現在ニ属スレハ此念現在前ス。法久近アレハ此念久近アル。業相修短有テ此念修短アル。世界年時有テ此念コノ生涯ヲ送ル。朝ヨリ暮ニ至ルマテ。生ヨリ死ニ至マテ。暫モ離レ得ヌ。生死去来ニ暫モ離レ得ヌ。境来レハ起ル。境去レハ滅ス。此念滅シ去テ跡ナキヤウナレトモ。一念生セシモ必ス熏シ留ムル処カアル。猛利ニ思惟シ度量センコト。数数憶念セシコトハ永ク忘レヌモノシヤ。此熏何処ニ留ムルソ。色身元来念念代謝ス。虚空元来熏ヲ受ヌ。此永ク忘ヌハ何処ニ記シ得ルソ。脾胃肝胆唯是一変ノ頑肉シヤ。眼耳鼻舌身唯コレ一変ノ頑肉シヤ。能思惟シテ自ラ得力ノ場処ニ至ラハ。此法ハ洞然明白シヤ。白昼ニ大路ヲ行カ如クシヤ。
現代語訳
今時の者が法を得られないのは、高遠なことに走るからである。足もとにあることを知らず、外に求めるから、たとえ百千年を経ても得る時はない。法が過去に属すれば、この念も過去に属する。法が未来に属すれば、この念も未来に属する。法が現在に属すれば、この念は現在に現れる。法に長い短いがあれば、この念にも長い短いがある。業のありさまに長短があって、この念にも長短がある。世界と年月があって、この念はこの生涯を送る。朝から暮れまで、生から死まで、しばらくも離れられない。生死の去来にしばらくも離れられない。対象が来れば起こり、対象が去れば滅する。この念は滅し去って跡がないようであるけれども、一念が生じたものも必ず熏じて留める所がある。強く思いめぐらし推し量ったことや、たびたび思い返したことは、長く忘れないものである。この熏じたものはどこに留めるのか。肉体はもともと一瞬一瞬入れ替わる。虚空はもともと熏じたものを受けない。この長く忘れないものは、どこに記しておけるのか。脾臓・胃・肝臓・胆のうはただ一塊の肉である。眼・耳・鼻・舌・身もただ一塊の肉である。よく思いめぐらして、自ら力を得る所に至れば、この法は明らかである。白昼に大通りを行くようなものである。
解説
この章句が説くこと
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