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十善法語 / 巻第十二・不邪見戒之下

此身アレハ此念アル。身カ先トモ念カ後トモ。念カ先トモ身カ後トモ云レヌ。要ヲ取テ云ハハ。小兒ノ身アレハ小兒ノ心。大人ノ身有レハ大人ノ心。男子ノ身アレハ男子ノ心。女人ノ身アレハ女人ノ心シヤ。此身心有テ此苦アル。此身心カ先トモ。此苦カ後トモ。此苦カ先トモ。此身心カ後トモ云レヌ。要ヲ取テ云ハハ。三尺ノ身アレハ三尺ノ苦。五尺ノ身有レハ五尺ノ苦シヤ。此苦アレハ此憂惱アル。此ニ苦カ先トモ憂惱カ後トモ。憂惱カ先トモ苦カ後トモ云レヌ。要ヲ取テ云ハハ一念ノ心アレハ一念ノ憂悲苦惱。多念ノ心有レハ多念ノ憂悲苦惱ト相應スル。五十年百年ノ念アレハ五十年百年ノ憂悲苦惱ト相應スル。未來際ノ念アレハ未來際ノ憂悲苦惱ト相應スル。此身心憂悲苦惱ノ處カ諸ノ賢聖入道ノ基トナル。此等ハ宿福深厚ノ人トトモニ語スヘキ處ニシテ。名利五欲ノ人トトモニ言ヘキニ非スシヤ。

新字:此身アレハ此念アル。身カ先トモ念カ後トモ。念カ先トモ身カ後トモ云レヌ。要ヲ取テ云ハハ。小児ノ身アレハ小児ノ心。大人ノ身有レハ大人ノ心。男子ノ身アレハ男子ノ心。女人ノ身アレハ女人ノ心シヤ。此身心有テ此苦アル。此身心カ先トモ。此苦カ後トモ。此苦カ先トモ。此身心カ後トモ云レヌ。要ヲ取テ云ハハ。三尺ノ身アレハ三尺ノ苦。五尺ノ身有レハ五尺ノ苦シヤ。此苦アレハ此憂悩アル。此ニ苦カ先トモ憂悩カ後トモ。憂悩カ先トモ苦カ後トモ云レヌ。要ヲ取テ云ハハ一念ノ心アレハ一念ノ憂悲苦悩。多念ノ心有レハ多念ノ憂悲苦悩ト相応スル。五十年百年ノ念アレハ五十年百年ノ憂悲苦悩ト相応スル。未来際ノ念アレハ未来際ノ憂悲苦悩ト相応スル。此身心憂悲苦悩ノ処カ諸ノ賢聖入道ノ基トナル。此等ハ宿福深厚ノ人トトモニ語スヘキ処ニシテ。名利五欲ノ人トトモニ言ヘキニ非スシヤ。

書き下し

此身アレハ此念アル。身カ先トモ念カ後トモ。念カ先トモ身カ後トモ云レヌ。要ヲ取テ云ハハ。小児ノ身アレハ小児ノ心。大人ノ身有レハ大人ノ心。男子ノ身アレハ男子ノ心。女人ノ身アレハ女人ノ心シヤ。此身心有テ此苦アル。此身心カ先トモ。此苦カ後トモ。此苦カ先トモ。此身心カ後トモ云レヌ。要ヲ取テ云ハハ。三尺ノ身アレハ三尺ノ苦。五尺ノ身有レハ五尺ノ苦シヤ。此苦アレハ此憂悩アル。此ニ苦カ先トモ憂悩カ後トモ。憂悩カ先トモ苦カ後トモ云レヌ。要ヲ取テ云ハハ一念ノ心アレハ一念ノ憂悲苦悩。多念ノ心有レハ多念ノ憂悲苦悩ト相応スル。五十年百年ノ念アレハ五十年百年ノ憂悲苦悩ト相応スル。未来際ノ念アレハ未来際ノ憂悲苦悩ト相応スル。此身心憂悲苦悩ノ処カ諸ノ賢聖入道ノ基トナル。此等ハ宿福深厚ノ人トトモニ語スヘキ処ニシテ。名利五欲ノ人トトモニ言ヘキニ非スシヤ。

現代語訳

この身があればこの思いがある。身が先で思いが後とも、思いが先で身が後とも言えない。要点をつかんで言えば、子どもの身があれば子どもの心、大人の身があれば大人の心、男の身があれば男の心、女の身があれば女の心である。この身と心があってこの苦しみがある。この身と心が先でこの苦しみが後とも、この苦しみが先でこの身と心が後とも言えない。要点をつかんで言えば、三尺の身があれば三尺の苦しみ、五尺の身があれば五尺の苦しみである。この苦しみがあればこの憂い悩みがある。ここで苦しみが先で憂い悩みが後とも、憂い悩みが先で苦しみが後とも言えない。要点をつかんで言えば、一念の心があれば一念の憂い悲しみ苦しみ悩み、多くの念の心があれば多くの念の憂い悲しみ苦しみ悩みと相応する。五十年百年の念があれば五十年百年の憂い悲しみ苦しみ悩みと相応する。未来の果てまでの念があれば未来の果てまでの憂い悲しみ苦しみ悩みと相応する。この身と心と憂い悲しみ苦しみ悩みのある所が、多くの賢聖が道に入る基となる。これらは前世の福が深く厚い人とともに語るべき所であって、名利や五欲の人とともに言うべきことではないのである。

解説

身と心、心と苦、苦と憂いは、どちらが先とも言えず、同時に相応して起こると説く段である。身の大きさだけ苦があり、心に抱く思いの長さだけ憂いがある、という言い方が印象に残る。百年先を思えば百年分の憂いを背負うことになる。尊者はその苦の場所こそ、賢聖が道に入る入口だと言う。苦を消そうとするのではなく、苦のある所から道を始めるのである。先の心配を膨らませて今を重くしていないか。抱える思いの量を点検する言葉として読める。

この章句が説くこと

身心憂い入道相応

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