師導古典を学びたいすべての人に

十善法語 / 巻第十・不邪見戒之上

又一類ノ世智辨聰カカク思フシヤ。色身ハ壞滅ノ法。心性ハ不滅ノ道。此身朽敗スレトモ心性ハ滅セヌ。此身限アリ。五尺ノ小身ノミ。此心極ナシ。天外地外ニ充滿スル。壞滅ノ法ニ隨順スレハ六道ノ苦樂昇沈窮リナシ。不滅ノ道ニ順スレハ四聖ノ妙果ヲ得ルト。此等モ麁ニ聞ケハ。面白キ樣ナレトモ。淺間シキ見處ナルソ。佛說ノ眞如緣起ヲ聞テ。コレヲ自己ノ妄想ト牽合セ。アテカヒ拵ヘタ見處シヤ。一人ニテ斷常二見ヲ帶ヒ來テ。色身ニ斷ヲ計シ。心性ニ常ヲ計スル。兩種外道ノ轍迹ニ追逐シ。東西ニ奔走シテ車塵馬足ニ生涯ヲ送ル者共シヤ。此樣ナル見處タテハ。皆イラヌコトソ。

新字:又一類ノ世智弁聰カカク思フシヤ。色身ハ壊滅ノ法。心性ハ不滅ノ道。此身朽敗スレトモ心性ハ滅セヌ。此身限アリ。五尺ノ小身ノミ。此心極ナシ。天外地外ニ充満スル。壊滅ノ法ニ随順スレハ六道ノ苦楽昇沈窮リナシ。不滅ノ道ニ順スレハ四聖ノ妙果ヲ得ルト。此等モ麁ニ聞ケハ。面白キ様ナレトモ。浅間シキ見処ナルソ。仏説ノ真如縁起ヲ聞テ。コレヲ自己ノ妄想ト牽合セ。アテカヒ拵ヘタ見処シヤ。一人ニテ断常二見ヲ帯ヒ来テ。色身ニ断ヲ計シ。心性ニ常ヲ計スル。両種外道ノ轍迹ニ追逐シ。東西ニ奔走シテ車塵馬足ニ生涯ヲ送ル者共シヤ。此様ナル見処タテハ。皆イラヌコトソ。

書き下し

又一類ノ世智弁聰カカク思フシヤ。色身ハ壊滅ノ法。心性ハ不滅ノ道。此身朽敗スレトモ心性ハ滅セヌ。此身限アリ。五尺ノ小身ノミ。此心極ナシ。天外地外ニ充満スル。壊滅ノ法ニ随順スレハ六道ノ苦楽昇沈窮リナシ。不滅ノ道ニ順スレハ四聖ノ妙果ヲ得ルト。此等モ麁ニ聞ケハ。面白キ様ナレトモ。浅間シキ見処ナルソ。仏説ノ真如縁起ヲ聞テ。コレヲ自己ノ妄想ト牽合セ。アテカヒ拵ヘタ見処シヤ。一人ニテ断常二見ヲ帯ヒ来テ。色身ニ断ヲ計シ。心性ニ常ヲ計スル。両種外道ノ轍迹ニ追逐シ。東西ニ奔走シテ車塵馬足ニ生涯ヲ送ル者共シヤ。此様ナル見処タテハ。皆イラヌコトソ。

現代語訳

また、ある種の世俗の知恵に長け弁の立つ者はこう思うのである。色身(肉体)は壊れ滅びるもの、心性は滅びない道である。この身は朽ち果てても心性は滅びない。この身には限りがあり、五尺の小さな身にすぎない。この心には果てがなく、天の外、地の外にまで満ちている。壊れ滅びるものに従えば、六道の苦楽や浮き沈みに窮まりがない。滅びない道に従えば、四聖(声聞・縁覚・菩薩・仏)の妙なる果を得る、と。これらも粗く聞けば面白いようであるが、浅ましい見方である。仏の説かれた真如縁起を聞いて、これを自分の妄想とこじつけ、当てはめてこしらえた見方である。一人で断見と常見の二つを帯びて来て、肉体には断を立て、心性には常を立てる。二種類の外道の轍の跡を追いかけ、東西に奔走して、車の塵や馬の足の間に生涯を送る者どもである。このような見方を立てることは、みな要らないことである。

解説

身体は滅びるが心は不滅であり、心に従えば聖者の果を得るという、いかにも仏教らしく聞こえる見方を取り上げる段である。尊者はこれを、真如縁起の教えを自分の妄想にこじつけたもので、身体については断見、心については常見を立て、一人で二つの邪見を抱えていると喝破する。身は滅び心は残るという分け方は、一見深遠で慰めにもなるが、身と心を切り離して片方だけを尊ぶ偏りを含んでいる。見方を立てること自体が要らないという結びは、理屈で安心を求めることへの戒めでもある。

この章句が説くこと

断見常見心性色身真如外道

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる