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十善法語 / 巻第十二・不邪見戒之下

又且ク榮耀全盛ナルニマキレテ。諸ノ戯笑。遊コトニ心ヲ寄テ。悠然トシテ月日ヲ送ルヲ迷ト云。暫クハ憂來リ。暫クハ喜來リ。此愁去レハ又彼愁來リ。此喜コト滿スレハ又餘ノ願求ヲ起シテ。日夜ニ忽忽トシテ止ムコト無ウチ。遲キカ早キカ。終ニ無常ニ歸スル世相斯ノ如シ。極タコトソ。タトヒ月ハ熱ナリ日ハ冷ナリト云トモ。此事ハ云消レヌシヤ。此ヲ決徹シテ疑ハネハ聖智見ヲ得ル基トナル。斷常二見ノ深坑ヲ此中ニ超過スル。今日ニモ徒ニ過シ。明日モ徒ニ過シ。更ニ百年千年ノ營ヲ思テ。迷ト云。多少ノ人カ近ヲ棄テテ遠ニ走ル。內ヲ忘テ外ニ求ムル。邪見ニ墮ルコトシヤ。

新字:又且ク栄耀全盛ナルニマキレテ。諸ノ戯笑。遊コトニ心ヲ寄テ。悠然トシテ月日ヲ送ルヲ迷ト云。暫クハ憂来リ。暫クハ喜来リ。此愁去レハ又彼愁来リ。此喜コト満スレハ又余ノ願求ヲ起シテ。日夜ニ忽忽トシテ止ムコト無ウチ。遅キカ早キカ。終ニ無常ニ帰スル世相斯ノ如シ。極タコトソ。タトヒ月ハ熱ナリ日ハ冷ナリト云トモ。此事ハ云消レヌシヤ。此ヲ決徹シテ疑ハネハ聖智見ヲ得ル基トナル。断常二見ノ深坑ヲ此中ニ超過スル。今日ニモ徒ニ過シ。明日モ徒ニ過シ。更ニ百年千年ノ営ヲ思テ。迷ト云。多少ノ人カ近ヲ棄テテ遠ニ走ル。内ヲ忘テ外ニ求ムル。邪見ニ堕ルコトシヤ。

書き下し

又且ク栄耀全盛ナルニマキレテ。諸ノ戯笑。遊コトニ心ヲ寄テ。悠然トシテ月日ヲ送ルヲ迷ト云。暫クハ憂来リ。暫クハ喜来リ。此愁去レハ又彼愁来リ。此喜コト満スレハ又余ノ願求ヲ起シテ。日夜ニ忽忽トシテ止ムコト無ウチ。遅キカ早キカ。終ニ無常ニ帰スル世相斯ノ如シ。極タコトソ。タトヒ月ハ熱ナリ日ハ冷ナリト云トモ。此事ハ云消レヌシヤ。此ヲ決徹シテ疑ハネハ聖智見ヲ得ル基トナル。断常二見ノ深坑ヲ此中ニ超過スル。今日ニモ徒ニ過シ。明日モ徒ニ過シ。更ニ百年千年ノ営ヲ思テ。迷ト云。多少ノ人カ近ヲ棄テテ遠ニ走ル。内ヲ忘テ外ニ求ムル。邪見ニ堕ルコトシヤ。

現代語訳

また、しばらく栄華が盛んであるのに紛れて、様々な戯れや遊び事に心を寄せて、のんびりと月日を送るのを迷いという。しばらくは憂いが来て、しばらくは喜びが来る。この憂いが去ればまた別の憂いが来る。この喜びが満たされればまた別の願いを起こして、日夜に慌ただしく止む時がないうちに、遅いか早いか、ついには無常に帰する。世の相はこのようである。決まりきったことである。たとえ月は熱い、日は冷たいと言いくるめても、このことは言い消せないのである。これをとことん見極めて疑わなければ、聖なる智見を得る基となる。断見と常見の二つの見方の深い穴を、この中で超える。今日もいたずらに過ごし、明日もいたずらに過ごし、さらに百年千年先の営みを思っているのを迷いという。多くの人が近いものを捨てて遠いものに走り、内を忘れて外に求める。邪見に堕ちることである。

解説

栄えている時にも迷いはある。喜びが満ちればまた次の願いが起こり、憂いが去ればまた次の憂いが来る。その繰り返しのうちに誰もが無常に帰する。月は熱く日は冷たいと言いくるめても消せない事実だ、という強い言い方で、尊者はこれを動かせないものとして示す。そのうえで、今日と明日を空しく過ごしながら百年先の計画を思うことを迷いと呼ぶ。遠い目標ばかりを語って今日の一日を粗末にしていないか。近くを捨てて遠くに走る癖を戒める言葉である。

この章句が説くこと

無常迷い邪見今日

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