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十善法語 / 巻第十・不邪見戒之上

眞正知見ハ此等ノ途轍デナイ。今世ノ見處タテヲ好ミ。悟リ樣ノコトヲ云者ヲ看ヨ。多ハ貧窮ナルシヤ。子孫ニ灾アルシヤ。此類皆人道ニ違フ。世智辨聰ヲ長スルハ天ノ惡ム所ナルシヤ。伶俐俊發ハ反テ耻ヘキノ甚シキソ。本ヲ推シテ云ハハ。法性ニ背ク若立上テハ。古人云フ。澄潭月影觸波瀾而不散靜夜鐘聲隨扣擊而無虧モ猶是生死岸頭ノ事ナリト。口欲言而辭盡。心欲緣而慮亡スルモ。有言ニ對シ妄想ニ對セルナリト。本業瓔珞經ニ善惡一相明闇一相ハ阿踰閣國外道ノ偈ナリト。具ニ憶念スヘキコトシヤ。

新字:真正知見ハ此等ノ途轍デナイ。今世ノ見処タテヲ好ミ。悟リ様ノコトヲ云者ヲ看ヨ。多ハ貧窮ナルシヤ。子孫ニ災アルシヤ。此類皆人道ニ違フ。世智弁聰ヲ長スルハ天ノ悪ム所ナルシヤ。伶俐俊発ハ反テ耻ヘキノ甚シキソ。本ヲ推シテ云ハハ。法性ニ背ク若立上テハ。古人云フ。澄潭月影触波瀾而不散静夜鐘声随扣撃而無虧モ猶是生死岸頭ノ事ナリト。口欲言而辞尽。心欲縁而慮亡スルモ。有言ニ対シ妄想ニ対セルナリト。本業瓔珞経ニ善悪一相明闇一相ハ阿踰閣国外道ノ偈ナリト。具ニ憶念スヘキコトシヤ。

書き下し

真正知見ハ此等ノ途轍デナイ。今世ノ見処タテヲ好ミ。悟リ様ノコトヲ云者ヲ看ヨ。多ハ貧窮ナルシヤ。子孫ニ灾アルシヤ。此類皆人道ニ違フ。世智弁聰ヲ長スルハ天ノ悪ム所ナルシヤ。伶俐俊発ハ反テ耻ヘキノ甚シキソ。本ヲ推シテ云ハハ。法性ニ背ク若立上テハ。古人云フ。澄潭月影触波瀾而不散静夜鐘声随扣擊而無虧モ猶是生死岸頭ノ事ナリト。口欲言而辞尽。心欲縁而慮亡スルモ。有言ニ対シ妄想ニ対セルナリト。本業瓔珞経ニ善悪一相明闇一相ハ阿踰閣国外道ノ偈ナリト。具ニ憶念スヘキコトシヤ。

現代語訳

真の正しい知見は、これらの道筋ではない。今の世で見方を立てることを好み、悟ったようなことを言う者を見なさい。多くは貧しいのである。子孫に災いがあるのである。この類はみな人の道に背く。世俗の知恵や弁舌を伸ばすのは天の憎むところなのである。利発で才気走っていることは、かえって甚だ恥ずべきことである。根本を推して言えば、法性に背くのである。もし(見方を)立て上げるならば、古人が言うように、「澄んだ淵の月影は波に触れても散らず、静かな夜の鐘の音は打つに従って欠けることがない」というのも、なお生死の岸辺のことである。「口で言おうとして言葉が尽き、心で縁じようとして思慮が亡ぶ」というのも、言葉に対し妄想に対したものである。本業瓔珞経に「善悪は一つの相、明暗は一つの相」というのは阿踰闍国の外道の偈である、とある。詳しく心にとどめて考えるべきことである。

解説

尊者は、見方を立てて悟ったようなことを言う者は多く貧しく、子孫に災いがあり、人の道に背くと手厳しい。利発さや弁舌を伸ばすことはかえって恥ずべきだというのは、才知で道を語ることへの強い警戒である。続いて、澄んだ淵の月影や静夜の鐘の音といった名句も、言葉も思慮も及ばない境地を言い表した句も、立てて握れば生死の岸辺にとどまると言い、本業瓔珞経が善悪一相を外道の偈とすることを示す。高尚な言葉ほど、握りしめれば一つの見解に堕する。気の利いた悟りの言葉を振りかざしていないかを省みさせる。

この章句が説くこと

正知見法性世智外道本業瓔珞経見解

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