十善法語 / 巻第十二・不邪見戒之下
此五尺ノ身カ暫クハ健カニ。暫ハ病惱シ。平癒シテ壯健ニ復ルカト思ヘハ。マタ諸ノ疾病ヲ生スル。日ヲ送リ月ヲ送リ。歲ヲ累ネテ。何事カ有ト思ヘハ。終ニ衰老ニ歸スル。膚ハ皺ム。齒ハ落ル。鬚髪ハ白クナル。腰ハカカム。目ハ暗クナル。耳ハ遠クナル。此ニ極タコトソ。タトヒ智者ノ天地古今ノ理ニ通達スルモ此ヲ免レ得ヌ。勇者ノ力萬鈞ヲ擧ケ。一人千人ニ當ルモ。此ヲ免レ得ヌ。此事ヲ決徹シテ疑ハネハ。聖智見ヲ得ル基トナル。斷常二見ノ深坑ハ此中ニ超過スル。今日且ク少壯ナルママニ。諸ノ戯笑遊興ニ心ヲヨセ。悠然トシテ月日ヲ送ヲ。迷ト云シヤ。
新字:此五尺ノ身カ暫クハ健カニ。暫ハ病悩シ。平癒シテ壮健ニ復ルカト思ヘハ。マタ諸ノ疾病ヲ生スル。日ヲ送リ月ヲ送リ。歳ヲ累ネテ。何事カ有ト思ヘハ。終ニ衰老ニ帰スル。膚ハ皺ム。歯ハ落ル。鬚髪ハ白クナル。腰ハカカム。目ハ暗クナル。耳ハ遠クナル。此ニ極タコトソ。タトヒ智者ノ天地古今ノ理ニ通達スルモ此ヲ免レ得ヌ。勇者ノ力万鈞ヲ挙ケ。一人千人ニ当ルモ。此ヲ免レ得ヌ。此事ヲ決徹シテ疑ハネハ。聖智見ヲ得ル基トナル。断常二見ノ深坑ハ此中ニ超過スル。今日且ク少壮ナルママニ。諸ノ戯笑遊興ニ心ヲヨセ。悠然トシテ月日ヲ送ヲ。迷ト云シヤ。
書き下し
此五尺ノ身カ暫クハ健カニ。暫ハ病悩シ。平癒シテ壮健ニ復ルカト思ヘハ。マタ諸ノ疾病ヲ生スル。日ヲ送リ月ヲ送リ。歳ヲ累ネテ。何事カ有ト思ヘハ。終ニ衰老ニ帰スル。膚ハ皺ム。歯ハ落ル。鬚髪ハ白クナル。腰ハカカム。目ハ暗クナル。耳ハ遠クナル。此ニ極タコトソ。タトヒ智者ノ天地古今ノ理ニ通達スルモ此ヲ免レ得ヌ。勇者ノ力万鈞ヲ挙ケ。一人千人ニ当ルモ。此ヲ免レ得ヌ。此事ヲ決徹シテ疑ハネハ。聖智見ヲ得ル基トナル。断常二見ノ深坑ハ此中ニ超過スル。今日且ク少壮ナルママニ。諸ノ戯笑遊興ニ心ヲヨセ。悠然トシテ月日ヲ送ヲ。迷ト云シヤ。
現代語訳
この五尺の身が、しばらくは健やかで、しばらくは病に悩み、治って壮健に戻ったかと思えば、また様々な病を生じる。日を送り、月を送り、年を重ねて、何事があるかと思えば、ついには老い衰えに帰する。肌は皺み、歯は抜け、髭や髪は白くなり、腰は曲がり、目は暗くなり、耳は遠くなる。これは決まりきったことである。たとえ智者が天地古今の理に通じていても、これを免れることはできない。勇者が万鈞の重さを持ち上げ、一人で千人に当たる力があっても、これを免れることはできない。このことをとことん見極めて疑わなければ、聖なる智見を得る基となる。断見と常見の二つの見方の深い穴は、この中で超える。今日しばらく若く盛んであるのにまかせて、様々な戯れや遊興に心を寄せて、のんびりと月日を送るのを迷いというのである。
解説
この章句が説くこと
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『十善法語』巻第十二・不邪見戒之下此事ヲ決徹シテ疑ハネハ。聖智見ヲ得ル基トナル。断常二見ノ深坑ハ此中ニ超過スル。名利五欲我慢勝他ハ掃尽シテ繊芥ヲ留メヌ。世外ニ飄然トシテ。実ニ高遠ナル場処ソ。此ヲ忘テ外ノ人交リ。世ノ栄衰。時ノ威勢。子孫眷属等ニマキレ居テ。徒ニ時候ヲ費シ。今且ク身壮健ナルヲ恃テ。諸ノ戯笑。遊ヒ事ニ心ヲヨセ。悠然トシテ月日ヲ過スヲ。迷ト云シヤ。
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『十善法語』巻第十二・不邪見戒之下又且ク栄耀全盛ナルニマキレテ。諸ノ戯笑。遊コトニ心ヲ寄テ。悠然トシテ月日ヲ送ルヲ迷ト云。暫クハ憂来リ。暫クハ喜来リ。此愁去レハ又彼愁来リ。此喜コト満スレハ又余ノ願求ヲ起シテ。日夜ニ忽忽トシテ止ムコト無ウチ。遅キカ早キカ。終ニ無常ニ帰スル世相斯ノ如シ。極タコトソ。タトヒ月ハ熱ナリ日ハ冷ナリト云トモ。此事ハ云消レヌシヤ。此ヲ決徹シテ疑ハネハ聖智見ヲ得ル基トナル。断常二見ノ深坑ヲ此中ニ超過スル。今日ニモ徒ニ過シ。明日モ徒ニ過シ。更ニ百年千年ノ営ヲ思テ。迷ト云。多少ノ人カ近ヲ棄テテ遠ニ走ル。内ヲ忘テ外ニ求ムル。邪見ニ堕ルコトシヤ。
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『十善法語』巻第十二・不邪見戒之下此身カ如是世界ニ在ル間ニ。或ハ水火風難ニ遇フ。饑饉闘諍ナトニ逢。王難賊難ニ逢フ。臣タル者ハ佞者ニ隔ラレテ。忠義有ナカラ身ヲ亡シ家ヲ敗ル。君タル者ハ姦臣ニ欺レテ。国ヲアヤマリ身ヲ危クスル。妻子眷属。朋友隣里ノ間。十ニ八九ハ憂悩シヤ。心ニ適ハヌシヤ。或ハ大ニモアレ小ニモアレ。敵ト云者モ出来ル。古書ニモ女無美悪居宮見妬。士無賢不肖。入朝見疑トアル。威勢アル家ハ鬼神其短ヲ求ル。才能アル士ハ衆人憎ミ謗ル。古今同様シヤ。此事ヲ決徹シテ疑ハネハ。聖智見ヲ得ル基トナル。断常二見ノ深坑ハ此中ニ超過スル。愚蒙ノ者ノ習トシテ。世ヲ怨ミ人ヲ怨ミ自ラ愁ヘ他ヲ悩ス。此ヲ迷ト云。
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『十善法語』巻第十二・不邪見戒之下先カウ憶念セヨ。現今我五尺ノ形骸ハ。肉血ノオシマロカレタ物シヤ。生シ出ル時ヨリ死シ去ル後ノ後マテ。膿血不浄臭穢ノ日夜ニ流レ出ル物シヤ。此ニ極タコトシヤ。タトヒ張儀蘇秦カ弁ヲ以テサナキト云ヒ回シテモ。言ヒ消レヌシヤ。マツ此ヲ決徹シテ疑ハネハ。聖智見ヲ得ル基トナル。断常二見ノ深坑ヲ超過スル。一切ノ名利ハ此処ニ脱却スル。一切ノ我慢勝他ハ此処ニ脱却スル。一切ノ五欲執着ハ此処ニ解脱スルシヤ。此名利五欲我相ヲ脱スルトキ。雲霧霽テ朗月ヲ見ル如ク。人道モ斯ニ明ニ天命モ斯ニ明ナリ。実智慧ノ光明沙界ヲ照スシヤ。高遠ナラスシテ而モ誠ニ高遠ナルコトシヤ。
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『十善法語』巻第十二・不邪見戒之下日夜苦悩アル故。難ヲサケ易ニ就ク。労ヲ厭ヒ逸楽ヲ求ル。凡情ノアリサマカウシヤ。忽忽トシテ難ヲ避テ。此難カ避得ラレヌ。孳孳トシテ楽ヲ求テ。此楽カ求得ラレヌ。更ニ内ニ臓腑ノ虚実。骨肉皮膚ノ强弱アル。外ニ風寒暑湿。時候ノ順不順アル。若ハ内縁若ハ外縁。種種ノ病ヲ生スル。此身アレハ此病ナシト云レヌ。病アレハ種種ノ苦アル。人ニ捶打セラルルヨリモ苦ム。上下貴賤智愚共ニ目ニ見エタコトシヤ。
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『十善法語』巻第十二・不邪見戒之下此念起レハ即滅シテ。暫モ留マラヌモノシヤ。此念念滅シテ留ラヌコトヲ。決徹シテ疑ハネハ。常見ノ深坑ハ適然トシテ超過スル。此念相続シテ暫モ間断ナキモノシヤ。此念念相続シテ間断ナキコトヲ。決徹シテ疑ハネハ。断見ノ深坑ハ逈然トシテ超過スル。今日ノ念ハ昨日ノ念ニ非ス。昨日身ニ苦有ル。心ニ憂悩アル。今日思ヒ出スニ唯是影像ノミシヤ。今日楽事有テ其心歓喜スル。元来昨日ノ知ル所テナイ。憂悩ハ歓楽ニ相違ス。歓楽ハ憂悩ニ相違ス。日日カクノ如ク。夜夜カクノ如ク。念念カクノ如ク。時時カクノ如ク。日往月来リ。寒暑代謝ス。壮年ハ孩児ニ異ナリ。老後ハ少壮ニ異ナリ。カクノ如ク後念ハ前念ナラネトモ。其利鈍巧拙ニ随ヒ。一類相続シテ一期ノ心相トナル。