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十善法語 / 巻第十二・不邪見戒之下

此事ヲ決徹シテ疑ハネハ。聖智見ヲ得ル基トナル。斷常二見ノ深坑ハ此中ニ超過スル。名利五欲我慢勝他ハ掃盡シテ繊芥ヲ留メヌ。世外ニ飄然トシテ。實ニ高遠ナル場處ソ。此ヲ忘テ外ノ人交リ。世ノ榮衰。時ノ威勢。子孫眷屬等ニマキレ居テ。徒ニ時候ヲ費シ。今且ク身壯健ナルヲ恃テ。諸ノ戯笑。遊ヒ事ニ心ヲヨセ。悠然トシテ月日ヲ過スヲ。迷ト云シヤ。

新字:此事ヲ決徹シテ疑ハネハ。聖智見ヲ得ル基トナル。断常二見ノ深坑ハ此中ニ超過スル。名利五欲我慢勝他ハ掃尽シテ繊芥ヲ留メヌ。世外ニ飄然トシテ。実ニ高遠ナル場処ソ。此ヲ忘テ外ノ人交リ。世ノ栄衰。時ノ威勢。子孫眷属等ニマキレ居テ。徒ニ時候ヲ費シ。今且ク身壮健ナルヲ恃テ。諸ノ戯笑。遊ヒ事ニ心ヲヨセ。悠然トシテ月日ヲ過スヲ。迷ト云シヤ。

書き下し

此事ヲ決徹シテ疑ハネハ。聖智見ヲ得ル基トナル。断常二見ノ深坑ハ此中ニ超過スル。名利五欲我慢勝他ハ掃尽シテ繊芥ヲ留メヌ。世外ニ飄然トシテ。実ニ高遠ナル場処ソ。此ヲ忘テ外ノ人交リ。世ノ栄衰。時ノ威勢。子孫眷属等ニマキレ居テ。徒ニ時候ヲ費シ。今且ク身壮健ナルヲ恃テ。諸ノ戯笑。遊ヒ事ニ心ヲヨセ。悠然トシテ月日ヲ過スヲ。迷ト云シヤ。

現代語訳

このことをとことん見極めて疑わなければ、聖なる智見を得る基となる。断見と常見の二つの見方の深い穴は、この中で超える。名利・五欲・我慢・勝とうとする心は掃き尽くされて、塵ひとつ残らない。世の外に飄々として、まことに高遠な場所である。これを忘れて、外の人付き合いや、世の栄枯盛衰や、時の権勢や、子孫・親族などに紛れていて、いたずらに時を費やし、今しばらく身が壮健であるのを頼みにして、様々な戯れや遊び事に心を寄せ、のんびりと月日を過ごすのを迷いというのである。

解説

病と苦を見極めることが、名利や勝ち負けの心を掃き尽くす高遠な場所だ、と前段を受けてまとめる。その反対が、人付き合いや世の浮き沈み、家族のことに紛れ、今は元気だからと遊びに時を費やす姿である。尊者はそれを咎めるより、忙しさや楽しさに紛れて大事なことを見ない心の働きを迷いと名指す。健康なうちは時間が無限にあるように思える。やるべきことを先延ばしにしていないかを、自分に問う一節である。

この章句が説くこと

迷い名利我慢断常時間

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