十善法語 / 巻第十二・不邪見戒之下
此飢渴アルヲ。飮食ヲ以テ且クマキラハシ。寒熱アルヲ衣服ヲ以テ且クマキラハシテ。暫ク世ニ住スルシヤ。其飢渴ヲ止ル飮食カ。腹内ノ臟腑諸蟲ニ相應スルニ就テ。口中舌上ニ味ノ現スルヲ樂ト思テ。本體飢渴ノ苦ヲ忘レ居ルヲ。迷ト云。寒熱ヲ防ク衣服カ。且ク身ニ調適ナルヲ樂ト思テ。本體ノ苦ヲ忘レ居ルヲ。迷ト云。或ハ此飮食ヲ貪テ。自ラ疾ヲ招キ。甚シキニ至テハ。我他彼此ヲ長シテ。國家ノ亂ニモ及フ。衣服モ種種ニ莊嚴シ。着用ノヨソホヒ。模樣ヲノミ思フ。甚シキニ至テハ。異底ヲ好ミ。禮度ヲ僭シテ。自ラ灾害ヲ生スルヤウニナリユク。寔ニ悲ムヘキコトシヤ。淺間シキコトシヤ。
新字:此飢渇アルヲ。飲食ヲ以テ且クマキラハシ。寒熱アルヲ衣服ヲ以テ且クマキラハシテ。暫ク世ニ住スルシヤ。其飢渇ヲ止ル飲食カ。腹内ノ臓腑諸虫ニ相応スルニ就テ。口中舌上ニ味ノ現スルヲ楽ト思テ。本体飢渇ノ苦ヲ忘レ居ルヲ。迷ト云。寒熱ヲ防ク衣服カ。且ク身ニ調適ナルヲ楽ト思テ。本体ノ苦ヲ忘レ居ルヲ。迷ト云。或ハ此飲食ヲ貪テ。自ラ疾ヲ招キ。甚シキニ至テハ。我他彼此ヲ長シテ。国家ノ乱ニモ及フ。衣服モ種種ニ荘厳シ。着用ノヨソホヒ。模様ヲノミ思フ。甚シキニ至テハ。異底ヲ好ミ。礼度ヲ僭シテ。自ラ災害ヲ生スルヤウニナリユク。寔ニ悲ムヘキコトシヤ。浅間シキコトシヤ。
書き下し
此飢渇アルヲ。飲食ヲ以テ且クマキラハシ。寒熱アルヲ衣服ヲ以テ且クマキラハシテ。暫ク世ニ住スルシヤ。其飢渇ヲ止ル飲食カ。腹内ノ臓腑諸虫ニ相応スルニ就テ。口中舌上ニ味ノ現スルヲ楽ト思テ。本体飢渇ノ苦ヲ忘レ居ルヲ。迷ト云。寒熱ヲ防ク衣服カ。且ク身ニ調適ナルヲ楽ト思テ。本体ノ苦ヲ忘レ居ルヲ。迷ト云。或ハ此飲食ヲ貪テ。自ラ疾ヲ招キ。甚シキニ至テハ。我他彼此ヲ長シテ。国家ノ乱ニモ及フ。衣服モ種種ニ荘厳シ。着用ノヨソホヒ。模様ヲノミ思フ。甚シキニ至テハ。異底ヲ好ミ。礼度ヲ僭シテ。自ラ灾害ヲ生スルヤウニナリユク。寔ニ悲ムヘキコトシヤ。浅間シキコトシヤ。
現代語訳
この飢えと渇きがあるのを、飲食によってしばらく紛らわせ、寒さと暑さがあるのを、衣服によってしばらく紛らわせて、しばらく世に住んでいるのである。その飢えと渇きを止める飲食が、腹の中の内臓や諸々の虫にかなうことで、口の中や舌の上に味が現れるのを楽しみと思って、本体である飢えと渇きの苦しみを忘れているのを迷いという。寒さと暑さを防ぐ衣服が、しばらく身に心地よいのを楽しみと思って、本体の苦しみを忘れているのを迷いという。あるいはこの飲食を貪って自ら病を招き、甚だしい場合には、我と他、あれとこれという争いを募らせて、国家の乱れにまで及ぶ。衣服も様々に飾り立て、着こなしの装いや模様ばかりを思う。甚だしい場合には、奇抜な装いを好み、礼の定めを越えて、自ら災いを生むようになっていく。まことに悲しむべきことである。浅ましいことである。
解説

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『弁名』禮礼は道の名なり。先王の制作する所の四教・六芸、是れ其の一に居る。所謂経礼三百、威儀三千、是れ其の物なり。六芸は、書・数は庶人の官に在る者、府・史・胥・徒の専ら務むる所と為す。御も亦た士の職とする所なり。射は諸侯に通ずと雖も、其の所謂射は、礼楽を以て之を行ふ、民の射の皮を主とする者の比に非ず。唯だ礼楽のみ乃ち芸の大なる者にして、君子の務むる所なり。而して楽は伶官に掌られ、君子以て徳を養ふのみ。礼に至りては則ち君子此を以て顕業と為す。是を以て孔子少くして礼を知るを以て称せられ、周に之きて礼を老聃に問ひ、杞に之き宋に之き、唯だ礼を之れ求む。子夏の記す所、曾子の問ふ所、七十子皆礼に断断たり。檀弓の諸篇に見ゆ。三代の君子の礼を務むる、以て見るべきのみ。
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『弁名』禮是の礼楽の教は、黙して之を識るに在りと雖も、然れども人の知、至る有り、至らざる有り。故に孔子時有りてか、一隅を挙げて以て其の義を語る。義とは先王の礼を制する所以の義、戴記に載する所皆是れのみ。祇だ人の知、至る有り、至らざる有り。故に七十子の先王を信ずる、孔子の先王を信ずるに及ばず。其の人の七十子を信ずるも、亦た七十子の孔子を信ずるに及ばず。故に其の人に喩さんと欲するの急なる、其の義を論説して已まず。日に以て蔓衍し、以て戦国の時に至りて、義遂に礼を離れて孤行し、復た礼に就きて其の義を言はず。孟子の書を観て見るべきのみ。此れより其の後、古を去ること益〻遠く、義理の説益〻盛んに、囂然として以て天下を乱し、先王・孔子の教、蕩乎として尽く。悲しいかな。