十善法語 / 巻第十二・不邪見戒之下
人中修善ノ事多ケレハ善神力ヲ得ル。人中惡事增上スレハ惡神便ヲ得ル。無ト云ヘカラスシヤ。聖文ニ十八空ノ般若ハ十六善神ノ威耀ヲ得ル處。五篇七聚ノ律儀ハ護戒神ノ安身立命スル處トアル。此緣有テ鬼神跡ヲ隱ス。邊鄙ノ處ニ別ニ鬼路有テ鬼國ニ赴ク。明醫ノ來ヲ知テ病鬼カ走リ隱ルル類シヤ。此緣有テ神祇人中ニ顯ルル。左傳莊公三十二年ニ。神號ノ地ニ降ル惠王カ內史過ニ問フ是何故ソ。對テ曰。國之將興。明神降之。監其德也。將亡神又降之。觀其惡也故有得神以興亦以亡。虞夏商周皆有之ト。中庸ニモ國家將興必有禎祥。國家將亡必有妖孽。
新字:人中修善ノ事多ケレハ善神力ヲ得ル。人中悪事增上スレハ悪神便ヲ得ル。無ト云ヘカラスシヤ。聖文ニ十八空ノ般若ハ十六善神ノ威耀ヲ得ル処。五篇七聚ノ律儀ハ護戒神ノ安身立命スル処トアル。此縁有テ鬼神跡ヲ隠ス。辺鄙ノ処ニ別ニ鬼路有テ鬼国ニ赴ク。明医ノ来ヲ知テ病鬼カ走リ隠ルル類シヤ。此縁有テ神祇人中ニ顕ルル。左伝荘公三十二年ニ。神号ノ地ニ降ル恵王カ内史過ニ問フ是何故ソ。対テ曰。国之将興。明神降之。監其徳也。将亡神又降之。観其悪也故有得神以興亦以亡。虞夏商周皆有之ト。中庸ニモ国家将興必有禎祥。国家将亡必有妖孽。
書き下し
人中修善ノ事多ケレハ善神力ヲ得ル。人中悪事增上スレハ悪神便ヲ得ル。無ト云ヘカラスシヤ。聖文ニ十八空ノ般若ハ十六善神ノ威耀ヲ得ル処。五篇七聚ノ律儀ハ護戒神ノ安身立命スル処トアル。此縁有テ鬼神跡ヲ隠ス。辺鄙ノ処ニ別ニ鬼路有テ鬼国ニ赴ク。明医ノ来ヲ知テ病鬼カ走リ隠ルル類シヤ。此縁有テ神祇人中ニ顕ルル。左伝荘公三十二年ニ。神号ノ地ニ降ル恵王カ内史過ニ問フ是何故ソ。対テ曰。国之将興。明神降之。監其徳也。将亡神又降之。観其悪也故有得神以興亦以亡。虞夏商周皆有之ト。中庸ニモ国家将興必有禎祥。国家将亡必有妖孽。
現代語訳
人の中に善を修めることが多ければ善神が力を得る。人の中に悪事が増していけば悪神が機会を得る。無いと言ってはならないのである。聖典に、十八空の般若は十六善神が威光を得る所であり、五篇七聚の律儀は護戒神が身を安んじ命を立てる所である、とある。この縁があって鬼神は跡を隠す。辺鄙な所には別に鬼の路があって鬼の国へ向かう。名医が来るのを知って病の鬼が走って隠れるようなものである。この縁があって神々が人の中に現れる。左伝の荘公三十二年に、神が虢の地に降った。恵王が内史過に、これはなぜか、と問うた。答えて言った。国が興ろうとする時には、明神がこれに降ってその徳を監る。国が滅びようとする時にも神はまた降り、その悪を観る。それゆえ神を得て興ることもあれば、また滅びることもある。虞・夏・商・周いずれにもこのことがあった、と。中庸にも、国家が興ろうとする時には必ずめでたい兆しがあり、国家が滅びようとする時には必ず不吉な兆しがある、とある。
解説

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