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十善法語 / 巻第十一・不邪見戒之中

地獄等ノ中有ハ。或ハ熱風ニ迫リ。寒風ニクルシミ。或ハ恐怖ノ相アリ。或ハ炎焰圍繞スルトアル。經論ノ中ニ。此三界二十五有共ニ必愛ヲ以テ受生ス。諸天ニ生スル者ハ彼淨妙ノ宮殿樓閣ヲ見。或ハ舞樂管絃ニ心ヲ寄セ。或ハ林樹浴池等ヲ見テ生ヲ受ク。地獄等ニ生スル者ハ寒風ニナヤマサレ。火光ノ處ニ愛ヲ生シテ八熱ノ地獄ニ往キ。或ハ熱風ニ逐ハレ清涼ノ池ヲ求テ。八寒ノ地獄ニ生ヲ受ルトアル。多婬ノ者カ劒樹上ニ美女子ヲ見テ。此ニ念ヲ繫ケテ苦ヲ受ルナトノ事カ說キテアルシヤ。餓鬼畜生モ此ニ準シテ。初生ノ時ハ必彼境界ニ愛心ヲ起シテ生ヲ受ルト云コトシヤ。我相ニ因テ業ヲ貯ヘ。愛心ニ因テ受生スルハ。一切凡夫ノ通相シヤ。

新字:地獄等ノ中有ハ。或ハ熱風ニ迫リ。寒風ニクルシミ。或ハ恐怖ノ相アリ。或ハ炎炎囲繞スルトアル。経論ノ中ニ。此三界二十五有共ニ必愛ヲ以テ受生ス。諸天ニ生スル者ハ彼浄妙ノ宮殿楼閣ヲ見。或ハ舞楽管絃ニ心ヲ寄セ。或ハ林樹浴池等ヲ見テ生ヲ受ク。地獄等ニ生スル者ハ寒風ニナヤマサレ。火光ノ処ニ愛ヲ生シテ八熱ノ地獄ニ往キ。或ハ熱風ニ逐ハレ清涼ノ池ヲ求テ。八寒ノ地獄ニ生ヲ受ルトアル。多婬ノ者カ劒樹上ニ美女子ヲ見テ。此ニ念ヲ繋ケテ苦ヲ受ルナトノ事カ説キテアルシヤ。餓鬼畜生モ此ニ準シテ。初生ノ時ハ必彼境界ニ愛心ヲ起シテ生ヲ受ルト云コトシヤ。我相ニ因テ業ヲ貯ヘ。愛心ニ因テ受生スルハ。一切凡夫ノ通相シヤ。

書き下し

地獄等ノ中有ハ。或ハ熱風ニ迫リ。寒風ニクルシミ。或ハ恐怖ノ相アリ。或ハ炎炎囲繞スルトアル。経論ノ中ニ。此三界二十五有共ニ必愛ヲ以テ受生ス。諸天ニ生スル者ハ彼浄妙ノ宮殿楼閣ヲ見。或ハ舞楽管絃ニ心ヲ寄セ。或ハ林樹浴池等ヲ見テ生ヲ受ク。地獄等ニ生スル者ハ寒風ニナヤマサレ。火光ノ処ニ愛ヲ生シテ八熱ノ地獄ニ往キ。或ハ熱風ニ逐ハレ清涼ノ池ヲ求テ。八寒ノ地獄ニ生ヲ受ルトアル。多婬ノ者カ劒樹上ニ美女子ヲ見テ。此ニ念ヲ繋ケテ苦ヲ受ルナトノ事カ説キテアルシヤ。餓鬼畜生モ此ニ準シテ。初生ノ時ハ必彼境界ニ愛心ヲ起シテ生ヲ受ルト云コトシヤ。我相ニ因テ業ヲ貯ヘ。愛心ニ因テ受生スルハ。一切凡夫ノ通相シヤ。

現代語訳

地獄などの中有は、あるいは熱風に迫られ、寒風に苦しみ、あるいは恐怖の相があり、あるいは炎に取り囲まれるとある。経論の中に、この三界二十五有(迷いの世界のすべての境涯)はともに必ず愛によって生を受ける。諸天に生まれる者は、あの清らかで妙なる宮殿や楼閣を見、あるいは舞楽や管弦に心を寄せ、あるいは林や浴池などを見て生を受ける。地獄などに生まれる者は、寒風に悩まされて火の光のある所に愛着を生じて八熱地獄に行き、あるいは熱風に追われて清涼な池を求めて八寒地獄に生を受けるとある。多淫の者が剣の樹の上に美しい女を見て、これに思いをかけて苦しみを受けるなどのことが説かれている。餓鬼や畜生もこれに準じて、初めて生まれる時は必ずその境界に愛着の心を起こして生を受けるということである。我という思いによって業を蓄え、愛着の心によって生を受けるのは、一切の凡夫に共通するありさまである。

解説

巻十一の結びである。地獄に向かう中有は熱風や寒風に苦しみ、炎に囲まれる。そして天であれ地獄であれ、あらゆる迷いの世界には愛着によって生まれるのだと経論を引いて説く。天に生まれる者は美しい宮殿や音楽に心を寄せて生まれ、地獄に生まれる者でさえ、寒さに苦しんで火の光を慕って熱地獄へ、暑さに追われて涼しい池を求めて寒地獄へ向かう。苦しみから逃れようとして別の苦しみへ飛び込むという描写は、目先の心地よさを求める選択の危うさを鋭く突いている。我執が業を蓄え、愛着が生を繰り返させるという結びが、この巻の要約である。

この章句が説くこと

愛着中有地獄我執三界凡夫

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