十善法語 / 巻第十一・不邪見戒之中
十方世界種種國土有ルモ。妄心夢中ニ色色ト現スルハカリテ。實體ナキコトシヤ。此モ能思惟スレハ。廓然トシテ開解セネハナラヌシヤ。百里千里カ遠クナキコトヲ知レハ。支那天竺モ法ト成リ來ルシヤ。新羅百濟モ法トナリ來ルシヤ。見ヌモロコシカ法トナリ來レハ。名ヲ聞ヌ世界モ法トナリ來ルシヤ。眼前咫尺カ近キデモナキコトヲ知レハ。隣里鄕黨モ法ト成リ來ルシヤ。五尺ノ小身モ法トナリ來ルシヤ。目ニ見ヱヌ微塵極微モ法トナリ來ルシヤ。此法ト云ハ羸劣ノ法デハナイ。諸佛ノ無上正覺ノ法シヤ。
新字:十方世界種種国土有ルモ。妄心夢中ニ色色ト現スルハカリテ。実体ナキコトシヤ。此モ能思惟スレハ。廓然トシテ開解セネハナラヌシヤ。百里千里カ遠クナキコトヲ知レハ。支那天竺モ法ト成リ来ルシヤ。新羅百済モ法トナリ来ルシヤ。見ヌモロコシカ法トナリ来レハ。名ヲ聞ヌ世界モ法トナリ来ルシヤ。眼前咫尺カ近キデモナキコトヲ知レハ。隣里郷党モ法ト成リ来ルシヤ。五尺ノ小身モ法トナリ来ルシヤ。目ニ見ヱヌ微塵極微モ法トナリ来ルシヤ。此法ト云ハ羸劣ノ法デハナイ。諸仏ノ無上正覚ノ法シヤ。
書き下し
十方世界種種国土有ルモ。妄心夢中ニ色色ト現スルハカリテ。実体ナキコトシヤ。此モ能思惟スレハ。廓然トシテ開解セネハナラヌシヤ。百里千里カ遠クナキコトヲ知レハ。支那天竺モ法ト成リ来ルシヤ。新羅百済モ法トナリ来ルシヤ。見ヌモロコシカ法トナリ来レハ。名ヲ聞ヌ世界モ法トナリ来ルシヤ。眼前咫尺カ近キデモナキコトヲ知レハ。隣里郷党モ法ト成リ来ルシヤ。五尺ノ小身モ法トナリ来ルシヤ。目ニ見ヱヌ微塵極微モ法トナリ来ルシヤ。此法ト云ハ羸劣ノ法デハナイ。諸仏ノ無上正覚ノ法シヤ。
現代語訳
十方の世界にさまざまな国土があっても、妄心の夢の中にいろいろと現れるだけで、実体はないことである。これもよく思惟すれば、からりと開けて理解されなければならないのである。百里千里が遠くないことを知れば、中国やインドも法となって来るのである。新羅や百済も法となって来るのである。見たこともない唐土が法となって来れば、名も聞かない世界も法となって来るのである。目の前のわずかな距離が近いのでもないことを知れば、隣近所や郷里も法となって来るのである。五尺の小さな身も法となって来るのである。目に見えない微塵や極微も法となって来るのである。この法というのは弱く劣った法ではない。諸仏の無上の正しい悟りの法である。
解説
この章句が説くこと
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