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十善法語 / 巻第十一・不邪見戒之中

此死時ノ刹那ト。彼中有ノ姿ト。ソノ同時ニ成スルコトヲ。聖教ニ喩ヲ以テ明シテ。稱ト錘トノ低昂スル如クトアル。秤ヲ以テ物ノ輕重ヲ定ムル時。右昂レハ左低ル。左昂レハ右低ル。低ト昂ト必ス同時シヤ。此生死去來ノ相モソノ如ク。此ニ死スル時カ彼ニ中有ノ顯ハルル時シヤ。此中有ヨリ彼生有ニ赴クコトモ。亦印子ノ泥ヲ印スル如クシヤ。中有ノ念相ノ如ク。彼生有ヲ成スル。此モ亦稱錘ノ低昂スル如ク。此中有ノ滅スルトキカ直ニ彼生有ノ最初シヤ。此死有ハ心識晦劣ナレトモ。無量ノ善惡業煩惱無明ヲ具テ彼中有ニウツルコト。大船ニ衆多ノ器財穀物ヲ積テ纜ヲ解ク如クシヤ。此中有ハ色身幽微ナレトモ。亦無量ノ善惡業煩惱無明ヲ具テ彼生有ニ赴クコト。大船ノ衆多器財穀物ヲ積貯テ。風帆ニマカセ往カ如クシヤ。倶舍瑜伽等ノ所說ニ。中有ノ人趣ニ赴ク。必ス七日ノ內ナリ。若ソノ時父母ノ因緣イマタ熟サレハ。死シテ復生ス。此中有ノ壽命ハ七日ニ極ル。乃至七七四十九日ニハ決定シテ生ヲ受ルトアル。

新字:此死時ノ刹那ト。彼中有ノ姿ト。ソノ同時ニ成スルコトヲ。聖教ニ喩ヲ以テ明シテ。称ト錘トノ低昂スル如クトアル。秤ヲ以テ物ノ軽重ヲ定ムル時。右昂レハ左低ル。左昂レハ右低ル。低ト昂ト必ス同時シヤ。此生死去来ノ相モソノ如ク。此ニ死スル時カ彼ニ中有ノ顕ハルル時シヤ。此中有ヨリ彼生有ニ赴クコトモ。亦印子ノ泥ヲ印スル如クシヤ。中有ノ念相ノ如ク。彼生有ヲ成スル。此モ亦称錘ノ低昂スル如ク。此中有ノ滅スルトキカ直ニ彼生有ノ最初シヤ。此死有ハ心識晦劣ナレトモ。無量ノ善悪業煩悩無明ヲ具テ彼中有ニウツルコト。大船ニ衆多ノ器財穀物ヲ積テ纜ヲ解ク如クシヤ。此中有ハ色身幽微ナレトモ。亦無量ノ善悪業煩悩無明ヲ具テ彼生有ニ赴クコト。大船ノ衆多器財穀物ヲ積貯テ。風帆ニマカセ往カ如クシヤ。倶舎瑜伽等ノ所説ニ。中有ノ人趣ニ赴ク。必ス七日ノ内ナリ。若ソノ時父母ノ因縁イマタ熟サレハ。死シテ復生ス。此中有ノ寿命ハ七日ニ極ル。乃至七七四十九日ニハ決定シテ生ヲ受ルトアル。

書き下し

此死時ノ刹那ト。彼中有ノ姿ト。ソノ同時ニ成スルコトヲ。聖教ニ喩ヲ以テ明シテ。称ト錘トノ低昂スル如クトアル。秤ヲ以テ物ノ軽重ヲ定ムル時。右昂レハ左低ル。左昂レハ右低ル。低ト昂ト必ス同時シヤ。此生死去来ノ相モソノ如ク。此ニ死スル時カ彼ニ中有ノ顕ハルル時シヤ。此中有ヨリ彼生有ニ赴クコトモ。亦印子ノ泥ヲ印スル如クシヤ。中有ノ念相ノ如ク。彼生有ヲ成スル。此モ亦称錘ノ低昂スル如ク。此中有ノ滅スルトキカ直ニ彼生有ノ最初シヤ。此死有ハ心識晦劣ナレトモ。無量ノ善悪業煩悩無明ヲ具テ彼中有ニウツルコト。大船ニ衆多ノ器財穀物ヲ積テ纜ヲ解ク如クシヤ。此中有ハ色身幽微ナレトモ。亦無量ノ善悪業煩悩無明ヲ具テ彼生有ニ赴クコト。大船ノ衆多器財穀物ヲ積貯テ。風帆ニマカセ往カ如クシヤ。倶舎瑜伽等ノ所説ニ。中有ノ人趣ニ赴ク。必ス七日ノ内ナリ。若ソノ時父母ノ因縁イマタ熟サレハ。死シテ復生ス。此中有ノ寿命ハ七日ニ極ル。乃至七七四十九日ニハ決定シテ生ヲ受ルトアル。

現代語訳

この死の刹那と、あの中有の姿とが同時に成り立つことを、聖教ではたとえによって明らかにして、「秤の竿と錘とが上がり下がりするように」とある。秤で物の軽重を定める時、右が上がれば左が下がり、左が上がれば右が下がる。下がることと上がることとは必ず同時である。この生死の去来の姿もそのように、ここで死ぬ時が、あちらに中有の現れる時である。この中有からあの生有に赴くことも、また印子が泥に印するようなものである。中有の念のありさまのとおりに、あの生有を成す。これもまた秤の竿と錘の上がり下がりのように、この中有が滅する時がただちにあの生有の最初である。この死有は心の識が暗く劣っているけれども、無量の善悪の業や煩悩や無明を備えてあの中有に移ることは、大船に多くの器物・財物や穀物を積んで纜を解くようなものである。この中有は身体がかすかであるけれども、また無量の善悪の業や煩悩や無明を備えてあの生有に赴くことは、大船が多くの器物・財物や穀物を積み貯えて、風と帆に任せて行くようなものである。倶舎論や瑜伽論などの説に、中有が人の境涯に赴くのは必ず七日のうちである。もしその時に父母の因縁がまだ熟さなければ、(中有として)死んでまた生じる。この中有の寿命は七日を限りとする。そして七七、四十九日には必ず生を受ける、とある。

解説

死の瞬間と中有の始まりが同時であることを、秤の竿と錘が上がり下がりする様子で説く段である。一方が上がる時に他方が下がるように、ここで死ぬ時があちらで中有が現れる時であり、中有が滅する時が次の生の始まりである。死にゆく者は、暗い意識のままに無数の業や煩悩を満載した大船のように纜を解き、中有もまたそれを積んだまま風と帆に任せて次の生へ向かう。倶舎論や瑜伽論は仏教の教理を体系的にまとめた論書で、中有は七日ごとに生死を繰り返し、長くとも四十九日で生を受けると説く。私たちが今、何を船に積み込んでいるかを問いかける印象的なたとえである。

この章句が説くこと

中有生有死有四十九日倶舎論

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