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十善法語 / 巻第十一・不邪見戒之中

又生處ノ決定セヌ者ノ類カ。中有ノ間。善緣惡緣ニ由テ轉變スルコトモ有ト云コトシヤ。中陰四十九日ノ間ニ。亡者ノ親屬タル者。善根ヲ修スヘキコト。ミナ聖教ニ有コトシヤ。印度ノ部計ノ中ニ。大衆部等ハ中有ヲ立ヌ。此等ハ法相ノ差排ト云モノデ。生死去來ノ道理相違アルデハナキシヤ。若極善ノ人ナラハ。此世界カ直ニ七寶淨刹トナリ來ル。或ハ願ニ從ヒ生ヲ受テ衆生ヲ利益スル。或ハ其處カ直ニ四空天トナル。間ニ髪ヲモ容レヌト云コトシヤ。又極惡人ニモ中有ハナキト云コトシヤ。

新字:又生処ノ決定セヌ者ノ類カ。中有ノ間。善縁悪縁ニ由テ転変スルコトモ有ト云コトシヤ。中陰四十九日ノ間ニ。亡者ノ親属タル者。善根ヲ修スヘキコト。ミナ聖教ニ有コトシヤ。印度ノ部計ノ中ニ。大衆部等ハ中有ヲ立ヌ。此等ハ法相ノ差排ト云モノデ。生死去来ノ道理相違アルデハナキシヤ。若極善ノ人ナラハ。此世界カ直ニ七宝浄刹トナリ来ル。或ハ願ニ従ヒ生ヲ受テ衆生ヲ利益スル。或ハ其処カ直ニ四空天トナル。間ニ髪ヲモ容レヌト云コトシヤ。又極悪人ニモ中有ハナキト云コトシヤ。

書き下し

又生処ノ決定セヌ者ノ類カ。中有ノ間。善縁悪縁ニ由テ転変スルコトモ有ト云コトシヤ。中陰四十九日ノ間ニ。亡者ノ親属タル者。善根ヲ修スヘキコト。ミナ聖教ニ有コトシヤ。印度ノ部計ノ中ニ。大衆部等ハ中有ヲ立ヌ。此等ハ法相ノ差排ト云モノデ。生死去来ノ道理相違アルデハナキシヤ。若極善ノ人ナラハ。此世界カ直ニ七宝浄刹トナリ来ル。或ハ願ニ従ヒ生ヲ受テ衆生ヲ利益スル。或ハ其処カ直ニ四空天トナル。間ニ髪ヲモ容レヌト云コトシヤ。又極悪人ニモ中有ハナキト云コトシヤ。

現代語訳

また、生まれる所の定まらない者の類が、中有の間に善い縁や悪い縁によって移り変わることもあるということである。中陰の四十九日の間に、亡き人の親族たる者が善根を修めるべきことは、みな聖教にあることである。インドの部派の説の中で、大衆部などは中有を立てない。これらは教理の立て方の違いというもので、生死の去来の道理に食い違いがあるのではない。もし極善の人ならば、この世界がただちに七宝の浄土となってくる。あるいは願いに従って生を受けて衆生を利益する。あるいはその所がただちに四空天となる。その間に髪一筋も入れないということである。また極悪の人にも中有はないということである。

解説

中有の間にも、善い縁悪い縁によって行き先が変わりうるので、四十九日の間に遺族が善根を修めることが勧められると尊者は説く。今日も営まれる四十九日の法要の考え方の根にあるものである。部派仏教の大衆部のように中有を認めない説もあるが、それは教理の整理の仕方の違いで、生死の道理そのものが違うのではないと調停する。極善の人はその場が浄土となり、あるいは願って生まれ変わって人々を救い、極悪の人も間を置かずに報いの場へ赴くので、どちらにも中有はないという。残された者の営みが亡き人に届くという考えは、弔いの意味を考える手がかりになる。

この章句が説くこと

中有中陰四十九日善根極善極悪

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