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十善法語 / 巻第十一・不邪見戒之中

印子ヲ以テ泥ニ印スル時。印スルト下ヘウツルトカ。同一時同一相シヤ。中有モ此通ニテ。此生緣ノ盡ル時カ直ニ中有ノ初ニシテ。同一時同一相シヤ。泥ハ印子ニアラス。印子ハ泥ニアラズ。泥ト印子ト其體別ナレトモ。必ス印子ノ模樣カ直ニコレ泥ノ模様シヤ。ソノ如ク。此ニ作リナセシ業相ハ中有ニ非ス。彼ニ顯ルル中有ノ姿ハ現在ノ善惡業相ニアラス。今日ノ業相ト中有ノ姿ト。其體別ナレトモ。現今ノ善惡業相カ直ニ是中有ノ姿シヤ。印子ト泥形トハ。ソノ模樣文ハ一ナレトモ。一ト云ヘカラス。其泥形ト印子トハ。異ナレトモ。異ト云ヘカラス。彼中有ノ形ト此業相トハ。必ス一樣ナレトモ。一ト云ヘカラス。中有ハ中有。業相ハ業相ナレトモ。異ト云ヘカラスシヤ。

新字:印子ヲ以テ泥ニ印スル時。印スルト下ヘウツルトカ。同一時同一相シヤ。中有モ此通ニテ。此生縁ノ尽ル時カ直ニ中有ノ初ニシテ。同一時同一相シヤ。泥ハ印子ニアラス。印子ハ泥ニアラズ。泥ト印子ト其体別ナレトモ。必ス印子ノ模様カ直ニコレ泥ノ模様シヤ。ソノ如ク。此ニ作リナセシ業相ハ中有ニ非ス。彼ニ顕ルル中有ノ姿ハ現在ノ善悪業相ニアラス。今日ノ業相ト中有ノ姿ト。其体別ナレトモ。現今ノ善悪業相カ直ニ是中有ノ姿シヤ。印子ト泥形トハ。ソノ模様文ハ一ナレトモ。一ト云ヘカラス。其泥形ト印子トハ。異ナレトモ。異ト云ヘカラス。彼中有ノ形ト此業相トハ。必ス一様ナレトモ。一ト云ヘカラス。中有ハ中有。業相ハ業相ナレトモ。異ト云ヘカラスシヤ。

書き下し

印子ヲ以テ泥ニ印スル時。印スルト下ヘウツルトカ。同一時同一相シヤ。中有モ此通ニテ。此生縁ノ尽ル時カ直ニ中有ノ初ニシテ。同一時同一相シヤ。泥ハ印子ニアラス。印子ハ泥ニアラズ。泥ト印子ト其体別ナレトモ。必ス印子ノ模様カ直ニコレ泥ノ模様シヤ。ソノ如ク。此ニ作リナセシ業相ハ中有ニ非ス。彼ニ顕ルル中有ノ姿ハ現在ノ善悪業相ニアラス。今日ノ業相ト中有ノ姿ト。其体別ナレトモ。現今ノ善悪業相カ直ニ是中有ノ姿シヤ。印子ト泥形トハ。ソノ模様文ハ一ナレトモ。一ト云ヘカラス。其泥形ト印子トハ。異ナレトモ。異ト云ヘカラス。彼中有ノ形ト此業相トハ。必ス一様ナレトモ。一ト云ヘカラス。中有ハ中有。業相ハ業相ナレトモ。異ト云ヘカラスシヤ。

現代語訳

印子で泥に印する時、押すことと下へ写ることとは、同じ一時、同じ一つの姿である。中有もこのとおりで、この生の縁が尽きる時がただちに中有の初めであって、同じ一時、同じ一つの姿である。泥は印子ではなく、印子は泥ではない。泥と印子とはその体は別であるが、必ず印子の模様がそのまま泥の模様である。そのように、ここで作りなした業のありさまは中有ではなく、あちらに現れる中有の姿は現在の善悪の業のありさまではない。今日の業のありさまと中有の姿とは、その体は別であるが、現在の善悪の業のありさまがそのまま中有の姿である。印子と泥の形とは、その模様は一つであるが、一つとは言えない。その泥の形と印子とは異なっているが、異なるとも言えない。あの中有の形とこの業のありさまとは必ず同じようであるが、一つとは言えない。中有は中有、業のありさまは業のありさまであるが、異なるとも言えないのである。

解説

押し型のたとえを使って、今の生の業と死後の中有との関係を説く段である。型を押す瞬間と泥に形が写る瞬間が同時であるように、この生の縁が尽きる瞬間が中有の始まりである。型と泥は別の物だが、模様は寸分違わず写る。同じように、今日の行いと中有の姿は別物でありながら、今の善悪の行いの姿がそのまま中有の姿になる。一つとも言えず、別とも言えないという言い方は、魂が引っ越すという常見も、何も残らないという断見も退ける尊者の立場を示している。今の行いが次の自分の型になるという見方は、日々の振る舞いを重く受け止めさせる。

この章句が説くこと

中有業相一異中道印子因果

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