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十善法語 / 巻第十一・不邪見戒之中

聖教ノ文ニモ有シヤ。死スルトキ刀風アリ。內ヨリ發シテ其支節ヲ解ス。頭上ヨリ脚下ニ至リ大苦痛ヲ生ス。心識悟味ニシテ諸根守ヲ失フ。此時一生作セシ所ノ善惡ノ業相。其目前ニアラハルルコト。市ニ入テ諸ノ器財ヲ見ル如シ。其諸業ノ中ニ强キ者先牽ク。其業相ノ現スル。若ハ順若ハ逆。一定シ難シ。或ハ魔來テ相ヲ現スル。好相モ取ヘカラス。或ハ思想轉變シテ種種ノ異相ヲ見ル。若ハ恐怖ノ境界。若ハ適悅ノ境界。ミナ其取捨ヲ云ヘカラス。唯正知見ノ人ノミ有テ。法ニ自在ヲ得ルト云コトシヤ。

新字:聖教ノ文ニモ有シヤ。死スルトキ刀風アリ。内ヨリ発シテ其支節ヲ解ス。頭上ヨリ脚下ニ至リ大苦痛ヲ生ス。心識悟味ニシテ諸根守ヲ失フ。此時一生作セシ所ノ善悪ノ業相。其目前ニアラハルルコト。市ニ入テ諸ノ器財ヲ見ル如シ。其諸業ノ中ニ強キ者先牽ク。其業相ノ現スル。若ハ順若ハ逆。一定シ難シ。或ハ魔来テ相ヲ現スル。好相モ取ヘカラス。或ハ思想転変シテ種種ノ異相ヲ見ル。若ハ恐怖ノ境界。若ハ適悦ノ境界。ミナ其取捨ヲ云ヘカラス。唯正知見ノ人ノミ有テ。法ニ自在ヲ得ルト云コトシヤ。

書き下し

聖教ノ文ニモ有シヤ。死スルトキ刀風アリ。内ヨリ発シテ其支節ヲ解ス。頭上ヨリ脚下ニ至リ大苦痛ヲ生ス。心識悟味ニシテ諸根守ヲ失フ。此時一生作セシ所ノ善悪ノ業相。其目前ニアラハルルコト。市ニ入テ諸ノ器財ヲ見ル如シ。其諸業ノ中ニ强キ者先牽ク。其業相ノ現スル。若ハ順若ハ逆。一定シ難シ。或ハ魔来テ相ヲ現スル。好相モ取ヘカラス。或ハ思想転変シテ種種ノ異相ヲ見ル。若ハ恐怖ノ境界。若ハ適悅ノ境界。ミナ其取捨ヲ云ヘカラス。唯正知見ノ人ノミ有テ。法ニ自在ヲ得ルト云コトシヤ。

現代語訳

聖教の文にもある。死ぬ時には刀風(刀のような風)があり、内から起こってその手足の節々をばらばらにする。頭の上から足の下に至るまで大きな苦痛を生じる。心の識は暗くなり、諸々の感覚はその守りを失う。この時、一生の間になした善悪の業のありさまが目の前に現れることは、市に入って諸々の道具や財物を見るようである。その諸々の業の中で強いものが先に引く。その業のありさまが現れるのは、あるいは順、あるいは逆で、一定しがたい。あるいは魔が来て姿を現す。好ましい姿も取ってはならない。あるいは思いが移り変わってさまざまな異様な姿を見る。あるいは恐ろしい境界、あるいは心地よい境界、みなその取捨を言うことはできない。ただ正しい知見の人だけが、法において自在を得る、ということである。

解説

経論に説かれる死の瞬間の描写を紹介する段である。刀のような風が体内から起こって節々をばらばらにし、意識は暗くなり、感覚は守りを失う。そこへ一生の業が市場に並ぶ品物のように現れ、強い業から先に人を引いていく。魔が好ましい姿で現れることもあり、恐ろしい光景も心地よい光景も、その時にどれを取りどれを捨てるかを自分で決めることはできない。ただ正しい知見の人だけが自在を得るという結びは、不邪見戒の意味をここに結びつけている。いざという時に頼れるのは、日頃から養った見方だけだということである。

この章句が説くこと

臨終業相刀風正知見自在

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