十善法語 / 巻第十一・不邪見戒之中
是ヲ以テ前ニ云シ鮑性泉カ言所ノ。蛭ノ蜻蜓蜈蚣ニ變セシ事ヲ返照シ看ヨ。邪正洞然タルシヤ。是モ經中律中ニアル事シヤ。目連尊者後夜坐禪ヨリ起テ。大衆ニ告ク。此曉天ノ時。樓閣形ノ有情。號泣シテ虛空ヲ凌キ去ト。六群比丘此ヲ聞テ相語ス。此目連人ヲ訛惑ス。我等神通ナシトイヘトモ。阿含阿毗曇ヲ奉持ス。何處ニ樓閣形ノ衆生アルヘキ。大衆モ皆疑テ。此ヲ世尊ニ白シ奉ル。世尊言ク。目連ノ見ル所虛ナラズ。シカレトモ。此類希有ノ事ハ妄ニ人ニ告ヘカラス。目連ノ多言ナルハ非ナリト。大衆再ヒ白ス。此イカナル衆生ソト。世尊言ク。此輕地獄ノ衆生ナリ。前身人間タリシトキ。佛閣ヲ己カ遊覽處トナセシ故。此報ヲ受テ久ク苦ム。此類甚多シト。
新字:是ヲ以テ前ニ云シ鮑性泉カ言所ノ。蛭ノ蜻蜓蜈蚣ニ変セシ事ヲ返照シ看ヨ。邪正洞然タルシヤ。是モ経中律中ニアル事シヤ。目連尊者後夜坐禅ヨリ起テ。大衆ニ告ク。此暁天ノ時。楼閣形ノ有情。号泣シテ虚空ヲ凌キ去ト。六群比丘此ヲ聞テ相語ス。此目連人ヲ訛惑ス。我等神通ナシトイヘトモ。阿含阿毗曇ヲ奉持ス。何処ニ楼閣形ノ衆生アルヘキ。大衆モ皆疑テ。此ヲ世尊ニ白シ奉ル。世尊言ク。目連ノ見ル所虚ナラズ。シカレトモ。此類希有ノ事ハ妄ニ人ニ告ヘカラス。目連ノ多言ナルハ非ナリト。大衆再ヒ白ス。此イカナル衆生ソト。世尊言ク。此軽地獄ノ衆生ナリ。前身人間タリシトキ。仏閣ヲ己カ遊覧処トナセシ故。此報ヲ受テ久ク苦ム。此類甚多シト。
書き下し
是ヲ以テ前ニ云シ鮑性泉カ言所ノ。蛭ノ蜻蜓蜈蚣ニ変セシ事ヲ返照シ看ヨ。邪正洞然タルシヤ。是モ経中律中ニアル事シヤ。目連尊者後夜坐禅ヨリ起テ。大衆ニ告ク。此暁天ノ時。楼閣形ノ有情。号泣シテ虚空ヲ凌キ去ト。六群比丘此ヲ聞テ相語ス。此目連人ヲ訛惑ス。我等神通ナシトイヘトモ。阿含阿毗曇ヲ奉持ス。何処ニ楼閣形ノ衆生アルヘキ。大衆モ皆疑テ。此ヲ世尊ニ白シ奉ル。世尊言ク。目連ノ見ル所虚ナラズ。シカレトモ。此類希有ノ事ハ妄ニ人ニ告ヘカラス。目連ノ多言ナルハ非ナリト。大衆再ヒ白ス。此イカナル衆生ソト。世尊言ク。此軽地獄ノ衆生ナリ。前身人間タリシトキ。仏閣ヲ己カ遊覧処トナセシ故。此報ヲ受テ久ク苦ム。此類甚多シト。
現代語訳
これによって、前に述べた鮑性泉の言う、蛭がトンボやムカデに変わった事を照らし返して見なさい。邪と正とがはっきりとわかるのである。これも経や律の中にある事である。目連尊者が後夜の坐禅から起きて、大衆に告げた。「この明け方の時、楼閣の形をした生き物が、泣き叫びながら虚空を越えて去った」。六群比丘(行いの悪い六人の比丘)がこれを聞いて語り合った。「この目連は人をたぶらかしている。我らは神通はないけれども、阿含や阿毘曇を奉じ保っている。どこに楼閣の形の衆生などいるものか」。大衆も皆疑って、これを世尊に申し上げた。世尊は言われた。「目連の見たところは偽りではない。しかし、このような珍しい事はみだりに人に告げてはならない。目連が多言であったのは誤りである」。大衆は再び申し上げた。「これはどういう衆生なのですか」。世尊は言われた。「これは軽い地獄の衆生である。前の身で人間であった時、仏閣を自分の遊覧の場所にしたために、この報いを受けて久しく苦しんでいる。この類ははなはだ多い」と。
解説

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