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十善法語 / 巻第十一・不邪見戒之中

僧護比丘此五百ノ羅漢ヲ誘引シテ歸着シ。祇園精舍ニ詣ス。時ニ諸商人モ其會ニアリ。僧護比丘進テ世尊ヲ禮シ。褥形有情ノ事ヲ問フ。世尊答フ。彼ハ過去迦葉佛ノ時ノ出家人ナリ。僧ノ臥具ヲ妄ニ受用セシ罪ニ由テ。此孤獨地獄ニ在テ。今ニ此苦ヲ受ク。次ニ兩出家ノ抱テ苦ヲ受ルヲ問フ。世尊言ク。此モ迦葉佛ノ時ノ出家人ナリ。兩人互ニ相愛シテ。毎夜相抱キ臥ス。此罪ニ因テ孤獨地獄ニ在テ今ニ苦ヲ受ルト。次第ニ五十六事ヲ問奉ル。世尊具ニ五十六事。及ヒ仙人證果ノ因緣ヲ開示ス。其時在會五百ノ商人等此ヲ聞テ咸ク信ヲ生シ。進テ五戒ヲ受シト。此等ハ甚深ナルコトシヤ。前ノ女人面上ノ蟲ト。其樣子ハ殊ナレトモ。ソノ理ハ一シヤ。譬ハ夢中ニオソハレテ。種種ノ境界ヲ見ルカ如ク。一息截斷ノ時。業相ニ轉セラレテ褥形ヲ見ル。其時褥形ト自心ト。一ト云ヘカラス。異ト云ヘカラス。心ノ赴ク處カ生死ノ在ル處シヤ。業火ニ燒ルルシヤ。兩出家人ハ愛念ニ因テ形ヲ顯ハス。形ニ因テ愛念ヲ生ス。此身心カ出來レハ業火ニ燒ルルシヤ。

新字:僧護比丘此五百ノ羅漢ヲ誘引シテ帰着シ。祇園精舎ニ詣ス。時ニ諸商人モ其会ニアリ。僧護比丘進テ世尊ヲ礼シ。褥形有情ノ事ヲ問フ。世尊答フ。彼ハ過去迦葉仏ノ時ノ出家人ナリ。僧ノ臥具ヲ妄ニ受用セシ罪ニ由テ。此孤独地獄ニ在テ。今ニ此苦ヲ受ク。次ニ両出家ノ抱テ苦ヲ受ルヲ問フ。世尊言ク。此モ迦葉仏ノ時ノ出家人ナリ。両人互ニ相愛シテ。毎夜相抱キ臥ス。此罪ニ因テ孤独地獄ニ在テ今ニ苦ヲ受ルト。次第ニ五十六事ヲ問奉ル。世尊具ニ五十六事。及ヒ仙人証果ノ因縁ヲ開示ス。其時在会五百ノ商人等此ヲ聞テ咸ク信ヲ生シ。進テ五戒ヲ受シト。此等ハ甚深ナルコトシヤ。前ノ女人面上ノ虫ト。其様子ハ殊ナレトモ。ソノ理ハ一シヤ。譬ハ夢中ニオソハレテ。種種ノ境界ヲ見ルカ如ク。一息截断ノ時。業相ニ転セラレテ褥形ヲ見ル。其時褥形ト自心ト。一ト云ヘカラス。異ト云ヘカラス。心ノ赴ク処カ生死ノ在ル処シヤ。業火ニ焼ルルシヤ。両出家人ハ愛念ニ因テ形ヲ顕ハス。形ニ因テ愛念ヲ生ス。此身心カ出来レハ業火ニ焼ルルシヤ。

書き下し

僧護比丘此五百ノ羅漢ヲ誘引シテ帰着シ。祇園精舎ニ詣ス。時ニ諸商人モ其会ニアリ。僧護比丘進テ世尊ヲ礼シ。褥形有情ノ事ヲ問フ。世尊答フ。彼ハ過去迦葉仏ノ時ノ出家人ナリ。僧ノ臥具ヲ妄ニ受用セシ罪ニ由テ。此孤独地獄ニ在テ。今ニ此苦ヲ受ク。次ニ両出家ノ抱テ苦ヲ受ルヲ問フ。世尊言ク。此モ迦葉仏ノ時ノ出家人ナリ。両人互ニ相愛シテ。毎夜相抱キ臥ス。此罪ニ因テ孤独地獄ニ在テ今ニ苦ヲ受ルト。次第ニ五十六事ヲ問奉ル。世尊具ニ五十六事。及ヒ仙人証果ノ因縁ヲ開示ス。其時在会五百ノ商人等此ヲ聞テ咸ク信ヲ生シ。進テ五戒ヲ受シト。此等ハ甚深ナルコトシヤ。前ノ女人面上ノ虫ト。其様子ハ殊ナレトモ。ソノ理ハ一シヤ。譬ハ夢中ニオソハレテ。種種ノ境界ヲ見ルカ如ク。一息截断ノ時。業相ニ転セラレテ褥形ヲ見ル。其時褥形ト自心ト。一ト云ヘカラス。異ト云ヘカラス。心ノ赴ク処カ生死ノ在ル処シヤ。業火ニ焼ルルシヤ。両出家人ハ愛念ニ因テ形ヲ顕ハス。形ニ因テ愛念ヲ生ス。此身心カ出来レハ業火ニ焼ルルシヤ。

現代語訳

僧護比丘はこの五百人の阿羅漢を導き連れて帰り着き、祇園精舎に詣でた。その時、商人たちもその集まりにいた。僧護比丘は進み出て世尊を礼拝し、敷物の形の生き物のことを問うた。世尊は答えられた。「あれは過去の迦葉仏の時の出家者である。僧団の寝具をみだりに私用した罪によって、この孤独地獄にいて、今もこの苦しみを受けている」。次に、二人の出家者が抱き合って苦しみを受けていることを問うた。世尊は言われた。「これも迦葉仏の時の出家者である。二人は互いに愛し合って、毎夜抱き合って寝た。この罪によって孤独地獄にいて、今も苦しみを受けている」。順々に五十六事をお尋ね申し上げると、世尊は詳しく五十六事と、仙人たちが悟りの果を得た因縁とを明らかに示された。その時、集まりにいた五百人の商人らはこれを聞いて皆信を生じ、進み出て五戒を受けた、と。これらは甚だ深いことである。前の、女の顔の上の虫とは、その様子は異なるが、その道理は一つである。たとえば、夢の中でうなされてさまざまな光景を見るように、息が絶えた時、業のありさまに転じられて敷物の形を見る。その時、敷物の形と自分の心とは、一つとも言えず、別とも言えない。心の赴く所が生死のある所である。業の火に焼かれるのである。二人の出家者は、愛念によって形を現し、形によって愛念を生じる。この身心ができれば、業の火に焼かれるのである。

解説

僧護が道中で見た光景の因縁を、釈迦が明かす段である。敷物の形で焼かれていたのは、過去仏である迦葉仏の時代に僧団の寝具を私用した出家者、抱き合って焼かれていたのは、戒を破って愛し合った二人の出家者であった。尊者はこれを、夢でうなされて様々な光景を見るように、死の瞬間に業に引かれてその形を見るのであり、その形と心は一つとも別とも言えないと説明する。罪の中身がそのまま報いの姿になるという描き方は、繰り返した行いの跡が、自分の在り方そのものを形づくるという教えとして受け取れる。

この章句が説くこと

業火孤独地獄迦葉仏愛念五戒業相

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